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更新2021.02.10
ハンドメイドによる「アルミのイオタ」の生みの親が「6輪F1マシン製作」に掛ける想いとは
松村 透
▲画像提供:綿引雄司氏
「ランボルギーニ イオタ?」「アルミを使ってボディをたたき出しで造っている??」
「イオタ」と「アルミを使い、ボディをたたき出しで造っている」。この2つのキーワードがすぐに頭のなかで結びつかないほど、私自身、現実味があるようには思えなかったことも事実。
その後、実際にお邪魔できることになり、茨城県水戸市にある巴自動車商会へ。そこで見たものとは…?
■2019年6月にお邪魔したとき「アルミのイオタ」は、イタリアに送る直前の状態
▲2019年6月にお邪魔したときのショット。この時点でフロントカウルはイタリアに送られていました
最初に巴自動車商会へお邪魔したのは今から1年半前、2019年6月のこと。代表の綿引雄司さんが手作業で「アルミのイオタ」のボディを造り出し、オブジェとして完成させた作品をイタリア本国「ムゼオフェルッチョランボルギーニ」にて展示するという、壮大なプロジェクトだったのです。
このイベントに間に合わせるべく、開催地であるイタリアに送るためにはギリギリまで作業…とはいかないのです。そのため、6月の時点でまさに佳境という状況でした。そんなお忙しい最中に訪問を承諾してくださった綿引さん、ご紹介していただいたIさんに対して感謝しかありません。
▲特徴的なルーバーもご覧のとおり!
工場にお邪魔して現物を拝見したときは身震いがしました。1枚のアルミの板を手作業でたたき出し、溶接でつなぎ合わせる…。その作業をひたすら繰り返すことで生み出された「アルミのイオタ」が目の前にあるのですから。スーパーカー世代でミウラやイオタに魅了された私の友人や知人を連れてきたら、嬉しさのあまり卒倒してしまうのではないか・・・。そんな光景が目に浮かぶほど。いつまでも眺めていられる。いや、いつまでも眺めていたい…。「アルミのイオタ」と、その生みの親である綿引雄司さんとの縁をつないでくださったIさんに心の底から感謝しました。
▲「アルミのイオタ」そして「タイレルP34」の生みの親である綿引雄司氏
その後、完成した「アルミのイオタ」はイタリアへと旅立ち、「ムゼオフェルッチョランボルギーニ」にて展示されたのです。その後、2019年11月にトリノ国立自動車博物館に収蔵後、現在はフェルッチョ・ランボルギーニ博物館に戻ってきているのだとか。具体的なスケジュールは未定のようですが、いつしか日本の地に「里帰り」することが楽しみにでなりません。
▲綿引氏が手掛けた「アルミのイオタ」がトリノ国立自動車博物館に展示されたときの模様(画像提供:綿引雄司氏)
■「アルミのイオタ」の生みの親が「6輪F1マシン」を製作?
▲リアカウルの美しい曲面も綿引氏が生み出したラインなのです
綿引さんが、2021年6月に開催予定のイベントに向けて「6輪F1マシン「タイレル P34」」を製作中だと伺い、今回、ふたたびお邪魔する機会を得ました。今回ももちろん、ハンドメイドで製作しているとのこと。「タイレル P34」のことを伺いつつ、まずは綿引さんのこれまでのストーリーや、どのようにして技術を習得していったのか伺ってみることにしました。
■綿引さんがこの道を目指そうとしたきっかけは?
元々、親が経営していた整備工場を引き継ぎました。父の代から含めると、創業56年目になります。「カスタムビルド&レストアWATAHIKI」は、巴自動車商会のカスタムビルド・レストア部門といった位置付けです。
▲横浜赤レンガ倉庫で開催された「エキサイティングポルシェ2020」のおいて、一際目を引いていたこのRSR仕様のポルシェ911も綿引氏の作品。オフィスのショーケースにもRSRのミニカーが…
当社では地元の方を中心にさまざまなクルマの鈑金修理を手がけていますが、「カスタムビルド&レストアWATAHIKI」では、クラシックポルシェをはじめとする国内外のクルマ(主にクラシックカー)の鈑金修理・カスタマイズ・レストアを行っています。ポルシェを手掛ける機会が多いのは、私自身がスーパーカー世代であり、ポルシェが一番好きだからだと思いますね。
■どのようなお客様が多いですか?もしかして、一見さんお断り…?
▲レストア中のポルシェ911の傍らに置かれたタイレルP34のカウル。こうして並べてみるとその大きさが分かりますね
今のところ、茨城県内のお客様が多いですね。ポルシェにお乗りのお客様が他のクルマをお持ちで、メンテナンスや車検なども担当させていただいています。ポルシェやクラシックカーの面倒を見させていただいていますが、普段使いの方のクルマの鈑金修理やメンテナンスなどももちろん行っています。日常の足としてお使いの方を優先したいので、セカンドカー、いわゆる趣味車をお預かりしている方はちょっとだけお時間をいただくこともありますね。
もちろん、一見さんお断りなんてことはないです(笑)。外から工場の様子をご覧になっている方がいらっしゃって"これはクルマ好きの方だな"とピンときて、お声掛けしてみました。営業で弊社の近所に来ていたとき、ウチが目に留まったんだそうです。私自身、本来は人見知りなんですが、職人さんにありがちな近寄りがたい雰囲気を醸し出すタイプではないと思います。
■綿引さんがタイレルP34を手掛けようと思ったきっかけを聞かせてください
▲ペダルやエンジン、ブレーキは市販のバイクやレース用の部品を流用。いずれは走行可能な状態を目指すそうです
"これは作れるな"と思うといてもたってもいられなくなってしまうんですね(笑)。YouTubeチャンネルもはじめたので、動画のネタとしてもいいかなと思い、作りはじめました。タイレルP34を選んだのは、以前、オモチャとしてミニチュア版を製作したことがあったんです。そこで今回は1/1を創ってみようと思ったんです。実際に(私有地などを)走行できるようにバイク用のエンジンを載せるべく、準備をしています。
※200psのエンジンに対して、車重300〜400kgを予定しているとのことです
■製作するにあたり、設計図はあるのですか?
▲模型のタイレルP34を参考にしつつ、実車の寸法に落とし込んでいきます
外装に関してはほぼ図面はないんです。その代わり、ウチは型紙を使います。元となるクルマ(形)があれば、紙を貼り付けて鉛筆でなぞっていく。「アルミのイオタ」のときは実車のランボルギーニ ミウラに紙を当てて採寸したんです。
▲アラフォー世代以上なら、印象的なF1マシンにこのP34を挙げる人も多いのでは…?
でも、「タイレル P34」に関しては現車を観られる機会がないので、模型や書籍、インターネット等で見つけた資料を元に、頭のなかで想像して造り上げています。2019年4月イタリアに行ったとき、イモラサーキットで開催されていたミナルディデイにタイレルが来ていたんです。当時はまだタイレルを造るつもりはなかったから、資料用に撮影していなかったんです。
▲バイク用のメーターを仮置き。これだけでグッとコクピットらしさが増すから不思議
一部の作業は息子(24才)に手伝ってもらっています。彼もモノ創りは好きなようです。サンダーとかでケガしないか…など、ちょっと心配ではあるけれど、一緒にやれることは助かりますし、やっぱり嬉しいですよね。厳しく教えたり、押し付けるようなことはせず、楽しくやってもらいたいと考えています。
■ボディワークの技術はどのようにして身につけたのですか?
私が幼い頃、工場で鈑金修理をする職人さんたちの姿を見てきました。高校卒業後、バイクのレースを行いつつ家業を手伝うように。ボディを叩いていく手法は独学で身に着けました。事故などで凹んだボディを直す技術は教わったので、その応用で一枚のパネルを曲げて作ってみようと…。
▲2019年6月にお邪魔した際に撮影したアルミのイオタ。この造型を人の手が創り出したとは…
実際にやってみるうちに、少しずつ技術が身についていったんです。FRPの修正から、カウル作成なども行いました。基本的にモノづくりが好きなんですよね。
■どのような道具を使っているのですか?
▲タイレルP34のボディに近づいて見ると、本当にアルミ板の切り貼りで形作られていることが分かります
きれいに叩くとしたらクラフトフォーマーという機械を導入すればよいのですが、そんな余裕はなかったので手作業です。主な道具はハンマー(尖ったもの・先が丸いもの・平らなもの・力が入るもの)とドリー(叩く板の内側に当てる当て板、鉄の塊)のみです。
あるとき、テレビでタイのバンコクの鈑金屋さんの模様を紹介していたんです。作業環境や工具など、日本と比較したら決して恵まれているとは言いがたい作業環境のなか、鉄板を曲げて溶接しているんですね。"そんな風に作れるなら自分でもできるんじゃないか"って思ったんですね。
例えば1枚のアルミ板からフェンダーを作るとしますよね。分割した平の板を溶接で合わせながら丸い形にしていくわけです。はじめのうちは"本当に丸くなるのかな?"って思うんですが、集中してやっていくと思った通りの形になってくれるんです。実は、意外とそれほど力を掛けないので、腱鞘炎になることもありませんよ。
■現在の愛車と、これまでの愛車遍歴を教えてください
▲綿引氏がかつて所有していたポルシェ914をベースに、RS61仕様にカスタマイズ
現在の愛車はポルシェ911(996)カブリオレです。これまで911カレラ(930)や914(916仕様のシャロンボディ)などを所有してきました。数あるポルシェのなかでも935とか、ワイドボディを纏ったレーシングモデルがもっとも好きなポルシェかも。もし、いまもう1台所有するとしたら、自分の生まれ年と同じ1966年式の911、いわゆる"ナローポルシェ"ですね。
■タイレル P34のお披露目はいつ頃のご予定ですか?
▲2021年6月開催予定の「サンブレフェスタ」でお披露目予定。展示されるだけでなく、実際に触れたり、コクピットに座ることも予定されている(!)とか
2021年6月開催予定の「サンブレフェスタ(群馬県太田市で開催)」です。スタートしたのが今年6月からなので1年掛かりのプロジェクトになりそうです。イベント会場では、展示するだけでなく、実物を触ったり、コクピットに乗り込んでもらえるようにするつもりです(※エンジンが掛けられる状態になるのはもう少し先になるかもしれません…とのこと)。ちょっと乗り降りは苦労するかもしれませんが「当時のF1カーの雰囲気」や「F1のコクピットから見える景色」を楽しんでもらえたら嬉しいですね。
■現時点でタイレル P34の完成度はどれくらいですか?
▲現時点では40%の完成度とのことですが、フロント&ボディカウル、リアウイングを仮置きするだけでぐっとフォーミュラ・カーらしさが増します。さらに、フロントの4輪タイヤがより強調されます
現時点では40%くらい。プラモデルの1/12を12倍にすれば原寸大になるはず…ということで数値を当てはめていますが、慎重にやらないと最初から作り直しになることもあります。そのため、結構時間を掛けながら造っています。日中は通常業務がありますから、「タイレル P34」に取り掛かるのは早くて夕方からです。気づけば、毎晩23〜24時頃まで作業していることが多いです。
■綿引さんにとって、今後の目標や夢とは?
タイレルP34が完成したあと、何を創ろうか…。実は、候補になるクルマは決まっているんです。詳しいことはまだヒミツです。40才を過ぎると視力は衰えてくるし、50才を過ぎると体のあちこちが痛くなってくる…(苦笑)。自分自身がまだ気力が充実しているうちにやり遂げたいなと思っています。
タイレル P34が完成した後までは"coming soon..."としておきたいけれど、それまで我慢できるかなぁ。
■取材後記
▲タイレルP34のコクピットに座り、その想いを語る綿引氏
まるで少年のように目を輝かせてタイレルP34について語ってくださった綿引さん。いくら「ないものは造る」としても、その工程があまりにも膨大であり、一筋縄ではいかないことばかり。しかし、綿引さんはひとつずつ、ていねいに、先を見据えて頭のなかでシミュレーションし、持ち前のセンスと想像力で困難をクリアし、完成へと導きます。「好きこそものの上手なれ」という言葉があるように、圧倒的な想像力と探究心。好きだからこそ注ぎ込める熱意と執念のたまもの…といえそうです。
その結晶ともいえる、作り手の魂が込められた「アルミのイオタ」、そして「タイレル P34」は、そこに存在するだけで人を惹きつける魅力に溢れているのです。
「タイレル P34」のコクピットに乗り込んだ子ども、そして大人たちが満面に笑みを浮かべている光景が目に浮かびます。「現時点では40%」だというタイレル P34。完成までの模様、そしてお披露目イベントまで取材を続け、追い続けたいと思います。
■カスタムビルド&レストア WATAHIKI 店舗情報
住所:〒310-0912 茨城県水戸市見川3-528-2
TEL:TEL/FAX 029-243-0133
URL:http://cbr-watahiki.com
お問い合わせ:http://www.cbr-watahiki.com/mail.html
●綿引さんのYouTubeチャンネル"cbrwatahiki"
「アルミのイオタ」および「タイレル P34」の製作風景も紹介されています
https://www.youtube.com/user/cbrwatahiki/featured
フェルッチョランボルギーニムゼオ Facebookページにて、綿引さんとご自身が製作された「アルミのイオタ」が紹介されています。
https://www.facebook.com/MuseoFerruccioLamborghini/posts/2424992091078410
▲イタリア語版の「アヒルのジェイ」は、トリノ国立自動車博物館内のショップでも販売されているのだとか(画像提供:綿引雄司氏)
●絵本|アヒルのジェイ(1話〜5話完結編)日本語版
※ランボルギーニイオタJをアルミで叩き出すストーリーが絵本になっているのです!
ハードカバー64ページ 全1-5話のストーリー完全版
(イタリア語版はトリノ国立自動車博物館内のショップでも販売中)
https://ggftbooks.official.ec/items/24372686
https://ggftbooks.official.ec
[ライター・撮影/松村透]