オーナーインタビュー
更新2019.09.01
出逢いから約25年後、念願の1963年式VWカルマンギアを手に入れた竹下利明さん(52才)
細谷明日葉
撮影場所は竹下さん行きつけの『シルバーレスト』さん(埼玉県川口市)。通称「ノノさん」と慕われる野々下智之さんが経営されている、フォルクスワーゲン専門テクニカルショップです。
オーナーと主治医という関係にあるお二人、当記事ではまず竹下さんにスポットを当てて、愛車カルマンギアについてのお話を伺いました。
カルマンギア購入に至った経緯とは?
「24才の頃、横浜で駐車場に停まっているカルマンを見て、なんとカッコイイクルマなんだろう…!と思ったんです」
現在52才の竹下利明さんが、初めてカルマンギアと出会ったのは今から28年前のこと。
現在の愛車となったカルマンギアとの付き合いは2年半。最初の邂逅から手に入れるまでには四半世紀ほどのタイムラグがありました。
この間の愛車遍歴は、ホンダ インテグラ(初代)→日産 サニー(B14型系)→ホンダ ステップワゴン(RF型)の3台と、高校の時分から二輪もお好きで、絶えずクルマとバイクの2台体制でした。
インテグラ時代には愛車をチューニングして峠を走ることもあり、もっともクルマに入れ込んでいた時期だったようです。しかし、それ以降はライフスタイルの変化に応じて利便性を考慮したクルマを選択し、必ずしも『趣味』だけでクルマと接し続けてきたわけではなかったそう。
当時それなりに強い印象を受けたカルマンギアは、いつしか記憶の彼方に追いやられてしまっていたのだとか…。
では一体、どのような経緯で再び『カルマンギア熱』が再燃したのでしょうか?
▲カルマンギアがとってもお似合い!オシャレな竹下さん
「現在はバスの運転手をしているのですが、仕事中にたまたまカルマンギアを見ちゃったんです!それがきっかけでカルマンを探しはじめるようになって…。でもなかなか近場では気に入った個体が見つからず、これだと思った今の愛車は、神戸で売られていたんです。現物は見に行かず、もうネットの写真だけですぐ買っちゃいました」
忘れていたはずのあの頃の記憶が、ふとしたきっかけでここまでの熱量に!
まして竹下さんは、この瞬間まで別段クラシックカーや輸入車に入れ込んでいたわけでもなく、とにかく“カルマンギアだから欲しい”というまっすぐな気持ちのみで即決!!
こうしてついにカルマンギアオーナーとなった竹下さん。若かりし頃に「なんてカッコイイんだ!」と思った憧れのクルマと対面し、新しいカーライフの幕開けとなったのです。
▲カルマンギア購入時に泣く泣く手放したバイク(写真提供:竹下利明さん)
いよいよカルマンギアとの新生活がスタート
竹下さんの元へやってきたカルマンギアは、1963年式の1200ccモデル。
探していたときの条件である『70年代以前の年式・ボディカラー(黒)・ダブル形状のバンパー』であることをすべて兼ね備えた個体でした。
「ダブルバンパーなのが一番の決め手だったかな、街で見て憧れたカルマンもダブルバンパーだったので」
ちょうどお店に入庫中だった他の車両と比較して、バンパー形状の違いを説明してくださった竹下さん。カルマンギアにはいくつかのバンパー形状があり、フロントのメッキ部分が二重になったデザインは、アメリカ輸出に向けて安全基準を高めたものだそう。
▲アメリカ仕様のダブルバンパー
▲写真右がヨーロッパ仕様のシングルバンパー。初期型(50年代)の個体はグリル形状も異なります(写真提供:竹下利明さん)
▲世界的に安全基準が厳しくなった70年以降になると、欧米共通でこちらのバンパーのみとなり、視認性向上のためウィンカーも大型化
給油口のレイアウトも年式ごとの違いがあるそうで、後期型はボディそのものにフューエルリッドの切れ込みがあるのに対し、竹下さんの年式ではボンネットを開けないと給油口にアクセスできない仕組みです。
「ガソリンスタンドに行くと目立つのがちょっとね…」と、照れくさそうに話してくださいましたが、給油口がボンネット内にある分、デティールがスッキリしている点もお気に入りポイント。
▲ペダル部分にも違いが。上が竹下さんの63年式、ローラー状のアクセルペダルが特徴的
こうして理想通りの外装をまとったカルマンギアが神戸からやって来たわけですが…。
陸送で初めて写真の個体とご対面した際の第一声は、ズバリ「なんていう古いクルマ…ボロ買っちゃったんだろう!」だったのだとか。
ネットで見た情報では内装に関する記述がなかったようで、いざ車内を見渡すと内張の傷みが激しくフロアもサビだらけ…一瞬、後悔の念がわいたんですって…(笑)。
それでも「やっと好きなクルマを買えた!」という喜びの方が勝り、なんと竹下さん自らがサビを剥がして塗り直し、ボロボロだった内装もレザー生地を購入し、元の内張パネルから型取りをして張り替えたのです。
▲見違えるように綺麗になった内装。休日に8時間かけて完成させた力作!
「できるところは自分でやって、クラッチ交換みたいな専門的なところはノノさんにお願いしました」
納車時のクラッチの状態は決して良いとは言えず、滑りやジャダーなどの問題を抱えていたため、それが『シルバーレスト』代表・野々下さんのお世話になるきっかけに。
他にもファンベルトが伸びてしまったときや、帰宅時にディストリビューターの故障でエンジンがかからなかった際にも、竹下さんと愛車カルマンギアを救ってくれた名医『ノノさん』。
初めてのクラシックカーライフですが、幸いすぐに頼もしい主治医と巡り会うことができたお陰で、幸先の良いスタートを切ることができた様子。
それではもう少し、その後の竹下さんの日常にグッと迫ってみたいと思います!
愛車を通して知った世界、感動、生活の変化
できるだけ頻繁に動かしてあげたいという思いから、雨でも雪でも通勤車として活躍しているカルマンギア。
先にあったディストリビューターの不具合然り、日本の多湿な気候により多少のトラブルはあるものの、相対的に見れば調子が良い方なのではないかと体感している竹下さん。
現在の愛車を通して、今までの車歴の中では味わえなかったことってあるのでしょうか?
「まず、楽しい!!それにカルマンギアを通じていろんな人と出会うことができたのは良かったです。カルマン仲間に誘われて、ヒストリックカーイベントにも3年連続で参加しています。仕事柄、日曜日が休みにくいのでなかなか頻繁には出られませんが…。あとは、やっぱり目立つクルマなので、街中でジロジロ見られることが本当に多くて…それがちょっと恥ずかしいかなぁ(笑)。褒めてもらえると嬉しいですけどね」
こう語ってくれた竹下さんの表情は、にこにこと満面の笑みで、心の底からカルマンギアとのカーライフを満喫しているようでした。
▲MADE IN GERMANYと刻まれたVDO社製の純正時計。竹下さんの手により、止まっていた時間が再び進み始めたのです(写真提供:竹下利明さん)
「そうそう!時計も自分で修理したんですよ。最初は動かなかったものを外してバラして、油を差したら動くようになりました。電源はクルマから取っているんだけど、ゼンマイ仕掛けの機械式時計なんですね。自分の年式はゼンマイが金属製なんだけど、70年代以降になるとプラスチック製になるらしく、劣化しちゃってほとんどの個体が修理不可で動かないみたいです。56年前のオリジナルの時計が今も動くって、すごいでしょ!!それが良いんです!」
このエピソードは感動モノです…。ゼンマイが金属製だからこそ直せたというのも、この年式ならではの利点も魅力ですが、56年前の時計が今も時を刻み続けている…“ロマン”とはまさにこういうモノなのではないでしょうか?!
▲取り外した時計の裏側。耳を澄ますと機械式ならではの小気味よいリズムが聴こえます(写真提供:竹下利明さん)
数々の魅力をとっても嬉しそうにお話してくださった竹下さんですが、それでも手放しに喜べることばかりではなかったそう。過去の車歴とまったく方向性の異なるクルマと接するなかで、苦労をしている点はあるのか伺いました。
「苦労はやっぱり夏!暑いっ…!!最初の夏を向かえたとき、エアコンがなくて苦労しました。買ったときは春だったので、エアコンがないことなんてまったく意識してなかったのですが。冬は冬で、空冷のクルマだから暖気にも時間をかけてあげないといけない。季節が極端なときに少し気を遣わなければならないことが、苦労なのかな…?」
竹下さん、くれぐれも熱中症にはお気を付けくださいませ…。
取材の行き帰りに乗せていただいた際、筆者は『カルマンギア体験』の新鮮さの方が勝り、暑さもそっちのけで楽しんでしまいましたが、やはり日々乗っていると少々辛い面はあるのかもしれません…(笑)。
猛暑日が続くなかでも通勤車として活躍しているカルマンギアの車内には、扇風機やクーラーボックスが完備されていました。こうした工夫を凝らして、エアコンレスのクルマと向き合っているのですね。
▲にこやかに運転する竹下さん。暑さなんて微塵も感じさせない爽やかさ
現在他に気になるクルマって、ありますか?
「性別に例えるならば間違いなく女の子!そうだな…娘みたいな感じなのかな?それとも彼女かなぁ(笑)。たまに面倒くさいなって思うときもあるけど…もう自分のところに来ちゃったし、可愛いもんね!一生面倒を見てあげようっていう気持ちでいます」
これほどまでの溺愛ぶりゆえ、少々無粋な質問かとは思いましたが、予算を抜きにして他に欲しいと思えるクルマはあるのかどうかも訪ねてみました。
「まずカルマンを一生可愛がることは揺るがないけど…あえて挙げるならばアルファ ロメオかな?初代のスパイダーには興味があります。これも昔見たことがあって、憧れだったんですよ」
カルマンギアを通じてクラシックの世界に目覚めたからというわけではなく、アルファ ロメオ スパイダーも若かりし頃の記憶の1台だからという理由だそう。
「昔のクルマは独特のデザインが多くて、そういうのに惹かれますね。あとは…もう方向性は全然違っちゃうけどプリウスかな(笑)。ハイブリッドで燃費もいいし、そういうことを重視して足車にいいかなと。一応今も足としてはN-BOXも所有しているんですが、通勤でも使わないし、ホームセンターとか買い出し専門です。やっぱり自分にとって究極の1台は今のカルマンですよ!!」
やはり何物にも代えがたい“究極の1台”はカルマンギアだと断言!
取材中、余すことなく細部まで愛車を紹介してくださった竹下さん、その嬉しそうな姿を目の当たりにして、まさにこのカルマンギアとの出逢いは運命なのだと確信しました。
2年半共に過ごして、配線箇所などまだまだ未知な部分も数多く残ってはいるようですが、きっとこれからも理解を深め続けながら、素敵なカーライフを歩んでいくのでしょう。
▲ボンネット内のカバーを外すと配線がずらり。いずれはここもマスターして整えたいとのこと
竹下さん流?!カルマンギア探しのコツ!
読者の方も、もしかしたらカルマンギアに憧れている方がいらっしゃるでしょう。もしくは竹下さんの素敵なエピソードに感化され、今からカルマンギアを探してみようと思い立った方もいらっしゃるかもしれません。…と言うわけで、竹下さんなりの『カルマンギア選びのアドバイス』をズバリお答えいただきました!
「自分は画像を見るだけで即決してしまいましたけど…。やっぱり、現物を見て購入することをオススメします。百聞は一見にしかずって言いますし。特にフロアのサビや底抜けはチェックしておいた方がいいですね」
幸い、竹下さんのカルマンギアの場合、サビ問題もご自分で対処することができる範囲で済みましたが、もし溶接などの処置を施さなければならないレベルともなると、購入費用とは別に出費がかさんでしまいますものね。
ただ、オールドワーゲンの場合部品供給にはまったくと言っていいほど困らないので、よほどのことがない限り、ワンオフパーツが必要になる事態にはならないそう。
その点、クラシックカーのなかでは金銭面においても比較的維持しやすい部類だと言えそうです。
「50年代の個体など、古ければ古いほど希少価値があり、価格も高くなる傾向にあるので、どのあたりの年式を狙うかも考えておくといいかもしれません。先程のサビの話もそうですが、とりあえずボディさえ無事ならば、内装の傷みに関しては妥協してもいいところなんじゃないかな?ファブリック部分ならいくらでも直せますからね!」
カルマンギアのサウンドを『エンジンが躍っている』と表現する竹下さん、ぜひみなさまに水平対向エンジンならではの鼓動を体験してもらいたい、とのことでした!
取材を終えて…:
筆者も自動車学校時代、カルマンギアに憧れていたことがあったので、今回オーナーさんの生の声を聞いたことにより、当時の物欲がよみがえりそうになり、ある意味危険な取材となりました(笑)。竹下さんがカルマンギア入手に至った経緯もそうだったように、原体験というのはきっとパワーの源のようなものなのでしょうね。
この日はなかなかの猛暑で、汗だく状態にさせてしまいましたが…。竹下さん、インタビューへのご協力ならびにお写真のご提供ありがとうございました!
次回は竹下さんの主治医である『シルバーレスト』代表 野々下智之さんのインタビューをお届けしたいと思います!
オーナープロフィール:
お名前:竹下 利明さん
年齢:52才
職業:運転手
愛車:フォルクスワーゲン カルマンギア(1200)
年式:1963年式
ミッション:4速MT
[ライター・カメラ/細谷 明日葉]