更新2022.10.21
今年度予約分が完売!VW・ID. Buzzはなぜここまで人気が出たのか?
守屋 健
フォルクスワーゲン(以下VW)がかつて生産していたトランスポーターの第1世代「T1」。愛好家の間では「タイプ2」と呼ばれ、ドイツでは愛情込めて「Bulli(ブリ、ブルドッグの意)」と呼ばれ、一般的には単に「ワーゲンバス」とも呼ばれるこのクルマは、愛嬌あるスタイルと実用性・耐久性の高さから、長年世界中の人々から愛されてきました。
そして今、そのリバイバルEVである「ID. Buzz」が、ヨーロッパで人気が爆発しています。2022年生産分がすべて予約で完売し、VWが2023年以降の生産計画を見直すことまで検討するほどの人気ぶりで、VWは大きな手ごたえを感じているようです。
ID. Buzzはなぜここまで人気が出たのでしょうか?現地在住ライターが、その理由を紐解きます。
■ありそうでなかった「ID. BuzzはレトロなスタイルのEVバン」
ひとつ目の理由として、積載量が大きいにも関わらず愛嬌あるデザインを採用した、というのが挙げられます。
ID. Buzzは、かつてのT1を彷彿とさせるようなレトロなデザインのEVで、そのスタイリングから想像する通りの豊富な積載量(2列目シートの後方には1,121リッターのスペースがある)と自由なシートレイアウト(可倒式で、床下にも収納スペースがある)が最大の特徴です。商用タイプである「ID. カーゴ」の予約も非常に好調で、「商用車っぽいスタイルでありながら、レトロでかわいい」を両立したデザインが好意的に受け止められています。
また、VWのユーザーはデザインに関して保守的な人が多く、同社のEVラインナップであるID. シリーズのスタイリングに馴染めないという声も少なくなかったようです。
T1とID. Buzzを並べてみれば、もちろんまったくの別ものではありますが、昔の雰囲気をうまく残している点が、多くの人々を惹きつけたのかもしれません。
コクピットに目を向けると、昔の面影はまったくありませんが、近年のID. シリーズの流れを汲むデザインを採用していて、ID. シリーズに乗ったことがある方なら迷うことなく操作ができるようになっています。すべてを大型タッチパネルで操作するテスラなどとは異なり、物理ボタンや個別のタッチボタンを残している点も、VWらしい配慮といえるでしょう。スマートフォン用の充電ソケットやその他の収納も充実していて、機能的かつ実用的なインテリアが高く評価されています。
こうしたひとつひとつの積み重ねが、VWユーザーの心をがっちりつかんだ、といえそうです。
■優れた加速性能と航続距離もID. Buzzの魅力のひとつ
ふたつ目の理由は、優れた走行性能が挙げられます。
かつてのT1は、車重に対してエンジンが非力で、「じっと我慢するしかない」といわれるほどの加速性能しかありませんでした。しかし、ID. Buzzは違います。後軸に搭載されたモーターは、150kW(204 hp)の最高出力と310Nm のトルクを発生し、0 ~100 km/h 加速は10.2 秒と発表されています。T1の加速性能と比べると、まさに異次元といってよいでしょう。一方で最高速度は145 km/hに制限されています。
こうした走行性能の高さは、現代の都市間移動やアウトバーンで大きなアドバンテージとなります。またフル充電時の航続距離は最大423kmと発表されていて、こうしたEVとしての性能面でも抜かりはない、という点が評価されているのでしょう。
レトロな雰囲気は好きだけど、スピードも出したい。そんなわがままな願いも叶えてくれるからこそ、これだけの人気が出たと考えられます。
■環境保護への関心が高い層にも刺さったID. Buzz
最後の理由は、環境への配慮です。
ID. Buzzに使われている多くの部品は、持続可能な素材や、再生されたプラスチックが使われています。ステアリングホイールには、かつてのように本革は使われていませんが、試乗したジャーナリストたちによればその感触は「悪くない」とのこと。また、コクピットまわりにはウッドによるトリムが採用されていますが、こちらも本物の木ではなく、「ウッド風」の素材があしらわれています。
VWはID. Buzzの生産自体「CO2フリーで行われる」としていて、走行するときはもちろん、生産過程までも含めて、地球環境への負荷が低いことをアピールしています。
ドイツをはじめヨーロッパでは地球環境保護への意識が高く、国政選挙などにおいても大きな争点となります。環境保護への関心が高い市民がクルマを選ぶ際に、ID. Buzzは有力な選択肢になりうるといえるでしょう。
■高い販売価格がネック?
ここまで、なぜID. Buzzがこんなに人気が出たのかを紹介してきましたが、最後にID. Buzzに対する批判の声も紹介しておきます。
それは価格です。装備が簡略化されたカーゴモデルで54,431ユーロ(1ユーロ=146円換算で約794万円)から、通常のモデルは64,581ユーロ(約942万円)からとなっていて、とても庶民が買える価格ではありません。
このことを「T1が持っていた美点、つまり安価で丈夫なバンであるという点が失われた」として嘆く声も少なくなく、オリジナルT1の中古車価格が上昇するという事態も招いています。
年間13万台もの生産計画を掲げているID. Buzz。かつてのT1のように、ドイツの街中に溢れる姿を見かけるようになるのでしょうか?
[ライター/守屋健]