オーナーインタビュー
更新2018.08.31
凄腕エンジンビルダーのガレージライフとは?愛と情熱が詰まった「オフィス・トミタク」
野鶴 美和
*前編はこちらです。
https://www.gaisha-oh.com/soken/tomitaku-carlife/
トミタクさんは自動車関連会社でチーフエンジニアとして活躍。仕事もプライベートも、大好きなクルマに囲まれる日々です。
▲ガレージ2階の書斎にて。後ほどくわしくお届けします
幻のエンジン、TC24-B1を甦らせた凄腕エンジンビルダー
▲エンジンを組み上げるトミタクさん[写真提供:富松拓也さん]
前編でもくわしくお届けしましたが、トミタクさんは“幻のエンジン”と呼ばれる『TC24-B1』を復活させた人物として、業界では知られた存在です。1980年当時にモンスター級のパワーを誇ったTC24-B1は、生産された9基のうち現役はわずか4基。トミタクさんは工業遺産に等しいこのエンジンを守るべく、自らの愛車にTC24-B1を搭載しています。
▲“元祖”TC24-B1を搭載した愛車、ニッサン フェアレディZ(S30)。通称『トミタクZ』は、トミタクさんの代名詞[写真提供:富松拓也さん]
▲TC24-B1は、当時のフェアレディZ、ローレルなどに搭載されていたL28型をベースにし、独自の技術でツインカム4バルブ(クロスフロー方式)にしたエンジン[写真提供:富松拓也さん]
そんな凄腕エンジンビルダーのガレージを覗いてみたいと思いませんか?トミタクさんの自宅にある2棟のガレージハウスは、クルマへの愛と情熱があふれる場所でした。
ガレージハウスを手に入れるきっかけ
▲『Office Tomitaku』はプライベートの屋号。看板はトミタクさんの友人が手がけたもので、レーザーカットならではの美しい仕上がりに
いままでクルマと工作機械は別々に保管。そろそろ倉庫でも借りてまとめて管理したいと思うようになり、最初は軽い気持ちで物件探しをはじめたそうです。
「普通の民家ではないから、不人気で相場より安くなるかも」と期待を寄せながら、賃貸の空き倉庫を探していたトミタクさんですが、実際には特殊な条件が多かったため、物件の情報も乏しい現実。
そこで途中から中古物件の購入へシフト。探しあてたのが純和風の古い家屋と事務所が同じ敷地にある物件でした。不動産会社との交渉の末に大幅な値引きが発生したことが購入の決めてとなりました。トミタクさんは物件探しをこう振り返ります。
「利便性の良くない物件は安かったですね。競売物件にも良い物件があるかもしれないですが、さすがに素人は簡単に手が出せなかったです(笑)」
第1ガレージは、中古物件をリノベーション
▲2階建てのガレージは元建築事務所。1階は本格的なファクトリーを備え、傍らには愛車のホンダ S600が佇んでいます
第1ガレージは、元建築事務所の建物をリノベーション。1階は仕切りとなっていた壁を取り除き、クルマの格納スペースと工作機械のあるファクトリーに。壁の解体作業は、友人のみなさんと手分けをして行ないました。
▲空間を仕切ってあった壁を取り除きました[写真提供:富松拓也さん]
▲2液性の塗料を壁と床に塗布。[写真提供:富松拓也さん]
▲愛用の工作機械を搬入。「機械の重量が2、3トンもあるので友人たちの協力がないと搬入は難しかったんです」[写真提供:富松拓也さん]
年代物の工作機械を使う理由
トミタクさんのカーライフに、部品製作を行なう工作機械は欠かせません。「ワンオフばかりなので、コンピュータ制御の機械はほとんど使いません」と話すように、ガレージに揃うのは年季の入った工作機械の数々。昭和50年代製の手動送りの旋盤や、英国製のフライス盤、スイス製のバルブシートカッターなど。加えて、インバーター溶接機も導入されています。絶版で存在しない部品は、こちらの工作機械を用いてイチから作られるのです。
余談ですが、ファクトリーの工作機械すべてを家庭用の電力で稼働させるのは難しいため、電力会社と動力契約を交わして工場用の電力を使用しているそうです。
▲手に伝わる感覚と経験を頼りに工作機械を操るトミタクさん。必要なぶんだけイメージ通りに[写真提供:富松拓也さん]
▲愛用する手動送りの旋盤。刃やハンドルから伝わる感覚を頼りに操ります。勘やセンスが重要となります
▲スイスより個人輸入したバルブシートカッター。エンジンのバルブがきちんとシリンダーヘッドに当たるように加工する機械です。「時計産業が盛んなスイスには良い工作機械が多いですね」[写真提供:富松拓也さん]
▲愛用のフライス盤は英国製。「使い勝手がすごくいい。英国の道具やクルマは手に馴染むんです。手入れをしていれば必ず応えてくれる」[写真提供:富松拓也さん]
第1ガレージの2階は、クルマ愛とものづくりの情熱であふれていました
▲第1ガレージの2階は、トミタクさんのお宝倉庫兼“オトナの社交場”となっています
2階は光をふんだんに取り込める明るい空間。元オフィスだけあって、設備も完璧。給湯設備はもちろん、トイレは男女別。社長室まであります。カウンターを備えた窓からのロケーションも抜群です。
▲『LZ14』は1973年に誕生。同年の日本GPの初陣で初優勝したエンジン
「メーカーの純レーシングエンジンは、作り手の情熱が市販品とはまったくの別物。ワークスのエンジンの入手は本当に苦労します」
と話しながらまず見せてくださったのは、名機と呼ばれるニッサンのワークスエンジン『LZ14』。ファンにとっては垂涎モノ。いつか火を入れるときが訪れるのでしょうか。
本棚には日本のスポーツカー「黎明期」の自動車誌が揃います
[写真提供:富松拓也さん]
自動車誌が詰まった本棚。床が抜けるぐらいの蔵書数で、訪れた人はみな驚くそうです。とくに『ノスタルジックヒーロー』と『CAR BOY』は創刊号からの大ファン。
▲日本のスポーツカーの「黎明期」に発行された自動車誌がほとんど揃います[写真提供:富松拓也さん]
▲トミタクZが表紙を飾った自動車誌。TC24-B1を復活させてから、メディアへの露出もグッと増えました
TC24-B1のカムホルダーと木型を発見
▲存在しない部品はすべて自作。元祖TC24-B1を維持していくのは、相当の覚悟が必要です
机にさりげなく置かれていたのは、TC24-B1のカムホルダーとその木型。トミタクさんはカムホルダーを木型から製作。エンジン1基につき14本必要でしたが、200個ほど作らないと鋳造メーカーに発注できなかったため、苦労したそうです。
▲完成して組み込まれたカムホルダー[写真提供:富松拓也さん]
フェラーリ308用の自作カムシャフト
▲(上から)フェラーリ308のカムシャフトの設計図、完成品、鋳物素材。鋳物素材の製作は非常に難しく、偶然知り合ったクルマ好きの鋳物職人に依頼したそうです
トミタクさんの仲間が所有する『フェラーリ308』のカムシャフトの設計図と完成品も拝見しました。カムシャフトは山の部分の形状を変えることにより、エンジンの特性がガラリと変わる部品だそうです。
「昔のエンジンは“手の入れよう”があって好きです。燃料の質が良くなかった昔は、現代のエンジンと比べるとマイルドな部分が多々あります。このような部分を改良するコトで高回転までキレイに回り、出力の向上や、いちばん大切な“乗る楽しみ”が増えるエンジンに変身させてあげることができます」
▲フェラーリ308のカムシャフトが組み込まれた状態[写真提供:富松拓也さん]
意外な“音楽好き”の一面を見つけました
▲1964年製のオーディオ『ラックスマン38D』(上)と1970年製のアンプ『ラックスマン CL35』(下)。38Dは1998年に500台限定で復刻版が出たほどの人気
部屋を見渡すと、ツマミの形状が目を引くデザインの、オーディオとアンプに目が留まりました。聞けば音楽も大好きだそうです。
トミタクさんは、小学3年から20代前半までトロンボーン奏者として活動していました。高校2年から社会人ビッグバンドに所属。一時はプロをめざそうとしていたほどで、かなりの腕前のようです。
▲ビッグバンドでソロを披露するトミタクさん[写真提供:富松拓也さん]
第2ガレージは、仲間と建てた『手造りガレージ』
▲電動シャッターは高額で断念。試しに引き戸にしてみると、思いのほか似合っていて大のお気に入りに[写真提供:富松拓也さん]
第2ガレージは昨年完成したばかり。なんともモダンな木造ガレージです。普段トミタクさんにクルマを預けるみなさんが協力して、ほぼボランティアで楽しみながら建てたのだとか。
工夫満載のガレージビルド
▲こちらのガレージにはマツダ R360クーペ、フェラーリ 512BBi、ニッサン フェアレディZ(トミタクZ)が暮らしています。なんとエアコン完備で、夏も快適
▲フラットにしたり勾配をつけたりと自由自在。職人の手仕事に、トミタクさんは感心しきりだったそうです[写真提供:富松拓也さん]
▲建物内に柱を立てたくないので木骨トラスを組みました[写真提供:富松拓也さん]
▲内壁は簡易的な防水シートを。こんな手法もあるのですね[写真提供:富松拓也さん]
▲奥の壁の上部を切り取って透明ポリカ板を貼ることで明るい室内に[写真提供:富松拓也さん]
▲第2ガレージの電力は太陽光発電でまかなわれています。太陽光パネルで発電した電力をバッテリーで蓄電しているので、24時間の利用が可能
ガレージライフは、きっと自然な流れで実現したはずです
[写真提供:富松拓也さん]
秘密のガレージ『オフィス・トミタク』。そこはクルマへの愛情とものづくりの情熱にあふれた場所でした。このガレージハウスが誕生したのは、きっと自然な流れだったと思います。トミタクさんがクルマとともに歩んできた軌跡があるべき形となったのだと。
トミタクさんは、全国各地のカーイベントに参加する機会も多いそうです。もし会場で見かけたら、気軽に話しかけてみてください。きっと方言まじりで気さくに応えてくれるはずです。
[ライター・カメラ/野鶴美和]