更新2022.04.30
幼少期の8年間を一緒に過ごして別れたあと、運命の再会。20才のオーナーと1998年式サーブ9-3 クラシック 2.3i
松村 透
両親が乗っていた、あるいは自分自身で所有していたクルマを手放したあとの行方・・・気になったことがある方も案外多いはず。
これだけインターネットが普及しても、その後の消息をつかめる可能性はまだまだ運試しなところがあるのも事実。しかし今回、強運の持ち主ともいえる方を取材することができました。
オーナーが幼少期の頃、お母様が乗っていたサーブといちどは別れ、巡り巡って大人になってから自身の愛車に・・・。こんなこと、本当にあるんですね。
── オーナー紹介&どんな仕事をされているのですか?
▲オーナーであるしょーへいさんが2才から10才までお母様が所有していた1998年式サーブ9-3 クラシック 2.3i。いちどは別れがあったものの運命の再会で買い戻すことに
自動車の整備士を養成する専門学校に通っていましたが、この春に卒業したばかりです。無事、国家試験も合格しました。現在は自動車関連業(部品商)の仕事をしています。学生時代はファッション通販サイトの工場でアルバイトしていたんですが、今回、身につけているコートや就活の際のスーツも安く買うことができました。
── 現在の愛車を手に入れたきっかけを聞かせてください
▲ハッチバックのフォルムが実に美しいサーブ9-3
母親が所有していたサーブを主治医のところに点検に預けた際、代車として貸し出されたこのクルマ(サーブ9-3)が母の元愛車だったんです。
「見覚えのあるクルマだな」と思ったら・・・私が幼少期の頃、母が所有していたサーブそのものでした。確か、私が2才から小学校4年生の頃まで家にあったと記憶しています。当時と同じ場所に傷があったし、グレードと内装の仕様(ベージュのモケット)が珍しい組み合わせだったり・・・と、特徴が一致したんです。
▲ヤナセがサーブの正規代理店だった時代に発行されたブックレット(非売品)。五木寛之の「雨の日には車をみがいて」の最終章にもサーブ96Sが登場しますね
もしやと思い、工場長さんにも確認したところ、やはり母が以前所有していたサーブでした。工場長さんも「うちの両親が『かつて愛車だったサーブが工場にあること』を承知のうえで」貸し出してくれたのだとか。
両親は主治医のところに元愛車があることを知っていたし、工場長さんもそのあたりの背景を把握していたんですね(両親曰く「代車として貸してくれたことがサプライズ」だと話しています)。
母親が手放したあと、つまり私が小学校4年生から高校1年生まで・・・7、8年のあいだは別の方が所有していました。経年劣化で結構くたびれていたけれど、思い出深いクルマですし、買い戻すことにしたんです。
── このサーブを手放したときのこと、覚えていますか?
▲しょーへいさんの幼少期の頃、お母様が所有していたサーブとの2ショット。お母様からも画像をお借りしました(画像提供:しょーへいさん&しょーへいさんのお母様)
覚えていますよ!家族みんなで泣いちゃいましたから。別れるのが名残惜しくて遠回りしているうちに渋滞に巻き込まれてしまい、お店の閉店時間に間に合わなかったんです。結局、販売店の駐車場にこのサーブを停め、鍵を郵便ポストに入れて電車で帰宅しました。
このときは何か大切なものを失ったときのような・・・。ぽっかりと穴が空いたような気がしました。
そんな経緯もあり、母にこのサーブを引き取って私が乗ると伝えたときは「すっっっっっっごく喜んで」くれましたね。
── 大人になって再会したサーブ、気づいたことはありますか?
▲ウッドパネルなど、劣化していた部分をしょーへいさんが少しずつリフレッシュ。ベージュのモケット内装も美しい状態を保ちます
当時は子どもだし、まさか将来、大人になってから乗るなんて夢にも思っていない(笑)ので。傘をクルマにぶつけて傷がついたり・・・いま思うとかなり雑に扱っていたなぁ、と。
私は小さい頃、クルマ酔いがひどい方だったんですが、サーブだと酔わなかったな・・・。そんなことも思い出しましたね。
── 輸入車に乗ろうと思ったきっかけを聞かせてください
▲こうして見てみるとドアに厚みがあることが分かります
私が幼少期の頃から、母が輸入車に乗っていたことが影響していると思います。あとは、個人的に長持ちするクルマが欲しいと思っていました。
さらに遡ると、初めて買ってもらったミニカーがシトロエンDSだし、木製の玩具もシトロエンDSでした(笑)。モノが捨てられないタイプなので、いまも大切に保管してありますよ。
サーブやボルボのようにスチールエンジンを搭載して、ボディがしっかりしていて・・・。将来、自分に子どもができたら引き渡せるくらいしっかりと長持ちしてくれるクルマがいいなと思ったとき、候補に挙がるのはやはり輸入車なんです。
▲しょーへいさんのサーブコレクション。ぬいぐるみもサーブ純正。取説も残っている
ちなみに父もクルマ好きでして。特にスウェーデン車とドイツ車が好みで、どちらかというと運転よりも修理やメンテナンスに魅力を感じるタイプです。私にも「クルマを買うなら、そのモデルの整備書も手に入れてこい」とアドバイスしてきますし(笑)。
── 手に入れて良かった点、苦労している点は?
●手に入れて良かった点
「乗っていて疲れないこと」です。
サーブってひと癖あるように見えて、実はまったくないんです。どこまででも行ける気にさせてくれるクルマです。事実、北は青森県、南は鹿児島県まで行きました(笑)。旅先で知り合った人とサーブやクルマの魅力について語り合ったこともありましたね。
▲サーブ9-3のフロントマスク。現代のつり目に慣れてしまうと優しい表情であることが分かります
▲サーブ9-3のリアからの眺め。ハッチバックゆえ、リアガラスが大きいことに気づかされます
●苦労している点
苦労していることといえば、修理してくれる専門店の数が圧倒的に少ないことですね。
▲サーブ9-3 クラシック 2.3iのエンジンルーム。ターボエンジンのイメージが強いなか、この個体は希少なNAエンジンを搭載
── ズバリ、サーブの魅力とは?
この見た目と、内装のデザインですね。計器類や窓の曲線など・・・飛行機メーカーの雰囲気が感じられることです。
▲極力、メッキパーツは控えめ。いわゆる「へたくそ棒」が、味のある良いアクセントに
▲この角度から眺めると、ハッチバック特有のフォルムの美しさを再認識させられます
▲オドメーターは27万キロを刻んでいます。スピードメーターは240km/hまで表示
▲エアコンの吹き出し口のつまみも独特の形状。手袋をしていても動かしやすそう
── これまでのトラブルでもっとも大変だったことは何ですか?
エアコンのトラブルですね。サーブ自体が日本の気候とは合わないのかもしれません。夏場に故障したときは窓全開で、つなぎを着て上半身タンクトップという格好で乗りますよ。
▲イグニッションキーがシフトノブの後ろにあるのがサーブの特徴でもあります
── ぜひ、幼少期の頃の思い出を聞かせてください
毎年夏と冬に家族で新潟に行くんです。
父親の会社の保養所が新潟にあって、夏は虫取りや川遊び。冬は中学生くらいからスノーモービルに乗って遊びました。保養所のあたりは有数の豪雪地帯で、4WDのクルマが立ち往生しているなか、サーブとアウディはスイスイと走っていくんです。スゴイクルマだなと思いましたね。
▲サーブ9-3の取説より。イラストにはトナカイが!
▲サーブ9-3のフロントウィンドウ。太陽光を抑える表示はイラストで分かりやすくなっています
── 予算抜きで、欲しいクルマBEST3は? (上がりの1台も含む)
3位.メルセデス・ベンツ190E
2リッターのホイールキャップ付きのモデルがいいんですよね。アンファングとか。
2位.アルファ ロメオGTV
前期の2リッターのV6エンジンのモデルに魅力を感じますね。
1位.レンジローバーレンジ(初代か2代目)
4ドアのモデルが特に好きなんです。
上がりの1台(ご自身にとって究極の1台とは?)
ファーストレンジと、あとはこのサーブですね。
── しょーへいさんのクルマ選びの基準は?
▲サーブ9-3のリアゲートを開けてみるとこうなります。ハッチバックスタイルならでは・・・でありつつ、ステーションワゴンのようにも見えます
まず、そのクルマの雰囲気が好きになれるかどうかですね。あとは長く乗れるかどうか?も重要視します。これはクルマに限らずそうですね。長く持つこともそうなんですが、愛せることっていうのが条件の1つです。
── 今後電気自動車が増えてどうなっていくと思いますか?
個人的な願望も含まれますが、インフラの問題もありますし、そこまで爆発的に普及しないような気がします。でも、プラグインハイブリッドカーは今後さらに増えていきそうです。
▲ドアを開ける際、グリップは手前ではなく少し上に開くのもサーブの特徴
── しょーへいさんにとって、愛車はどんな存在ですか?
このクルマの代わりになるモノって存在しないんです。かけがえのない相棒というより「愛馬」でしょうか・・・。クルマって、どこまでも連れて行ってくれる馬みたいな存在だと思ってるんですよ。
▲愛車を大切する方の多くが純正フロアマットの上に「保護用の」マットを敷いています。メーカーや年式を問わず・・・不思議です
▲サーブ純正のファーストエイドキット、ライトバルブ、充電ケーブルなど。ケースはなんとZERO HALLIBURTON製
── 取材後記
運命のいたずらか、それとも強い引力によるものなのか?しょーへいさんが幼少期に慣れ親しみ、いちどは別れたお母様がかつて所有していたサーブがふたたび舞い戻ってきたのです。それも自分の愛車として・・・。まさに奇跡といえるのではないでしょうか。
▲モダンな建物だけでなく、菜の花が背景も実に画になるサーブ9-3
▲リアゲートのトレイにはぬいぐるみが
しょーへいさんがこれから先、大好きなクラシックレンジローバーを手に入れるかもしれないし、まだ出会っていないクルマがあるかもしれません。
しょーへいさんにとって、このサーブ9-3は原体験であり、原点。
普通は懐かしい思い出として記憶や画像に留めざるを得ないものが、現実として存在している(しかもご自身で所有している!)わけです。
これほど思い入れのあるクルマに出会える確率は、今後の人生においてもそうはないだろう、という予感がしてならないのです。
クルマがオーナーを選ぶ。まさに今回もそんな運命のようなものを感じずにはいられない取材となりました。
── オーナープロフィール
▲小さい頃に接してきたサーブのオーナーとなったしょーへいさん
H.N:しょーへいさん
ご年齢:20才
ご職業:会社員(自動車の部品商)
現在の愛車(年式およびグレード):1986年式サーブ9-3 クラシック 2.3i
▲愛用の腕時計。ハンドメイド品だとか
[ライター・撮影/松村透]