カーゼニ
更新2016.09.26
今日を限りに引退し、陸前高田でスローなカーライフを送りたい……が。
伊達軍曹
しかし年に一度ほど、そういった活動すべてが心底嫌になり、「……今日を限りに引退しよう。今後もう二度と、輸入車の買い替えを促すような趣旨の文章は書くまい。売れない現代詩でも書きながら、わずかな蓄えと年金で静かに生きていこう」と思うタイミングがある。
それは決まって、家人の実家である岩手県陸前高田市にしばらく滞在し、そして東京へ帰ってきた瞬間のことだ。
「ミニマムな暮らし」のデッカイ価値
岩手県沿岸部にゆかりのない人は「あぁ、陸前高田というと先の震災で大きな被害に見舞われたところですよね。本当に大変でしたね……」というような印象と知識しかないかもしれない。それはもちろんそのとおりで、表面的にも心の奥底的にも、彼の地の人々は今なお、震災のどえらい爪痕を抱えながら日々を生きている。
しかしそれはそれとして、大変素晴らしい土地でもあるのだ。
東京で生まれ育ったわたくしは最初、そのどえらい田舎っぷりに面食らったが、慣れてみればそんなものはなんてこともない。人々は掛け値なしに「いい人丸出し」であり、勤勉で、メシは旨く、気候も東北地方としては温暖で、クルマでちょっと出かければすぐそこに雄大な自然がある。
もちろん地方ならではの不便さや過疎の問題は厳然とあり、ましてや震災による甚大な被害もあった土地ゆえ、「ここは理想郷だぁ!」などという安易な持ち上げ方はできない。しかしウイスキー「山崎」の広告コピーではないが、人間が生きていくうえで必要な物事に関しては「何も足さない、何も引かない」という境地が、ここ陸前高田にはある気がしてならない。まぁそれは陸前高田市に限らず、日本のINAKA全般に通じる話なのかもしれないが。
地元・東京に感じる強烈な違和感
そんな東北地方での暮らしに1週間で完全に慣れてしまった自分が、生まれ故郷であり現住所でもある東京都に高速道路を使って戻ってくると、都心に近づけば近づくほど「……なんなんだこの土地は」と愕然としてしまう。
虚飾としか言いようのないビルディングの群れ。「それってよく考えれば不要だろ?」としか思えない数々の高額輸入車。その乱暴で不遜な運転。「どこの夜会に行くつもりだ?」と聞きたくなるほど華美に着飾った人々……。
以前は何とも思わなかったそういった事象が気に触って仕方なくなり、「……クルマの不必要な買い替えとか、もうホントどうでもいい。何も足さない、何も引かないサントリー山崎な世界に戻りたい!」と思ってしまうのだ。朝ドラ『あまちゃん』の主人公が、世田谷出身のくせに「オラ北三陸さ帰りてえ!」と言っていたのと同じである。
しかしドラマと違って実際のわたくしは安易に移住するわけにもいかず、移住したところで私にできる仕事もない。だが、現在の虚飾にまみれた生活をシンプルな方向へとダウンサイズすることで、より根源的な暮らしはできるようになるのかもしれない。
新型トゥインゴを買う? や、旧型カングーで十分かも
そのためにまずは、本来は必要ないのに2台分借りている月極駐車場のうち1台分を解約しよう。それで月に2万5000円ほどのダウンサイズになる。そしてクルマも1台にまとめてしまおう。大きなクルマなど不要なので、このたび登場した新型ルノー トゥインゴをとりあえず買う。それで基本的には十分以上なはずだ。
洒落たキャンバストップが採用されている「インテンス キャンバストップ」(車両価格199万円)も魅力だが、ここはひとつ節約の精神で189万円の「インテンス」で良かろう。それをちょこちょこ直しながら、15年ぐらい乗る。その頃にはピカピカの新型トゥインゴも「おんぼろトゥインゴ」に変わっているのだろうが、わたし自身も15年後はおんぼろなはずなので、似合いのコンビである。
いや。さらに考えてみれば、わざわざ新型トゥインゴを買う必要もないのだ。現在持っている初代マツダ ロードスターは売却するとして、もう1台の初代ルノー カングー(5MT)に乗り続ければいいじゃないか。
三陸沿岸ツアーの最中に走行6万kmを超えたが、逆に言えばまだまだ6万kmである。さしあたって悪い箇所はどこにもなく、ブレーキローターもつい先日新品に交換したばかりだ。今後も5000kmに一度ぐらいの頻度でエンジンオイルをボチボチ交換し、8万kmか9万km、もしかしたら10万kmぐらいの時点でもう一度ブレーキローターを交換し、同時にクラッチ板とレリーズシリンダーも交換する。
で、10万kmを超えたあたりでオルタネーターが逝ったりウィンドウレギュレーターが壊れたりするかもしれないが、そんなのは直せばいいだけの話だ。華美な高額モデルではなく実用車なので、部品代もそう大したことはない。そんなこともあろうかと思って5MTを選んでいるので、高額なAT修理代で悩むこともない。今後それなりの出費が予想されるポイントといえば、せいぜいエアコン関係ぐらいだろうか。まぁそれに関しては壊れたときに考えよう。きっとどうにかなるはずだ。
理想と現実、ゼニとドリームの狭間で
……などとスローライフ構想を練っていると、自宅長屋の玄関呼び鈴が鳴った。出てみると、制服を着た郵便局員が何やら赤い封書何通かをわたくしに手渡した。見ると、表面には「督促」と100級ぐらいのゴシック体が印刷されている。どうやらこれら封書は「滞納している国民健康保険や国民年金保険料ならびに住民税などを早く払え。払わないと大変な目に遭わすぞ」という趣旨のものらしい。
「さて困った……」とひとりごちながらも、とりあえずは手元のアイフォーンにて、もはやクセになってしまっているSNSを閲覧をしてみると、そこでは知人ジャーナリストが「どこそこの空港で機材が遅延。とりあえずラウンジで泡飲んでますが、内心かなりアセってます! オレ、帰国できるのかな……?」とさりげなく自慢をカマしており、また別の知人らは「例の新居、やっと完成しました!」「718ボクスター、ついに納車です!」等々の資本主義的な報告をカマしていた。
嫉妬の炎とダウンサイジングな生活を希求するスローな心との狭間に立ち、とりあえずは滞納している国民健康保険料を支払うため、わたしはPCを立ち上げ、「今、ゼッタイに買い替えてみたい最新ドイツ車BEST10!(仮題)」なる1800字の、きわめて商業的な原稿を書き始めた。締め切りを1日ほど過ぎていた。
[ライター/伊達軍曹]