試乗レポート
更新2023.11.22
プジョー508SWに試乗。なぜ、ドライビングプレジャーなんかをわざわざ標榜するの?
中込 健太郎
そして、クルマが楽しいと、それで行きたい場所とか言えば「指宿」などと安易に口走る。それは一番遠くのようですが、それはない世の是非ではなく「ただ遠くまでひたすらに走りたいだけだろう」と。クルマの楽しさはどうも人間の発想を陳腐にさせるらしい。実に由々しき問題であります。
ドライブインシアターなどという、ずいぶん前時代的な催しがあるというので、実はちゃんと動くラジオのついているクルマを至急用意せねばならなかった、というのが今回の試乗のきっかけであることは内緒ですよ。しかし、せっかく乗るのであれば、前から気になっているクルマ、乗ったことのないクルマに乗る。乗りたくなるではありませんか。「あと、プジョー508もございますが。」電話口の広報氏からその言葉を聞いたとき、正直「ヨッシャ!」と思ったのでした。なぜならガソリンの308GTIの印象が望外よかったことと、このディーゼルの508、乗った人すべてが「いいよ!ぜひ乗った方がいい!」というクルマだったからです。
プジョーの圧倒的な個性というか、存在意義というか、正直ピンと来なかったのだが…
日本では小さなクルマが主流だと言われますが、フランス車は大きなクラス。異国の香り、すなわちこの場合は日本ではなくフランスらしさとでも言いましょうか。それが一番丁寧に表現されてきたのが、大きなフランス車たちだと思うからです。そして、多くのフランス車ファンの方には申し訳ないけれど、デザインは好きだがクルマの良さとしては、さっぱり刺さることがないのがプジョーでした。日本の良くないところですが「猫アシ」。用語が先行しますよね。
しかし特に筆者が物心ついたころのプジョー、シトロエンと同じエンジンを搭載しているわけです。そうなると俄然、大いにしっくりと刺さるシトロエンに対し、プジョーの圧倒的な個性というか、存在意義というか、わたしはあまりピンと来なかったのです。同じエンジンでシトロエンがあるのにどうしてプジョーを買わねばならないのか!そこまで思ったほど、昔のプジョーは乗っても刺さらないクルマでした。
それが今ではどうでしょう?デザインは正直パッとしません。そしてそんなに猫アシでもありません。でもこんなにしっくりくるクルマも少ないと思うほど、自然で、軽やかで、固まり感がある乗り味は実に好感触。実に自然です。そしてことさらに演出は感じません。でも、その辺でドライバーズカーを標榜するクルマよりもよほど小気味いいし、いつまでも乗っていたいと思わせるクルマに仕上がっていました。
▲筆者の実家の320d。昨年末納車された最新型は、目覚ましく改善がなされ、口々に評された「やかましさ」もかなり改善。クルマの挙動もおろしたての状態で慣らし運転を終えたころの滑らかさしなやかさを身に身に付けていると感じた。こうなれば、エクストラを支払ってディーゼルを購入しない手はない。趣味性だけではなく日々のたのもしく経済的なアシにはおススメしたいモデルに進化ししていると思う。しかし、508SWはも見逃せない。並ぶとさらにだいぶ大きいが、フランス車らしい高めのアイポイントにシートを合わせたためか、この大きさの煩わしさはほとんど感じない。そしてほぼ何もつける必要のないこの状態で素の320dよりも安い。試乗し、見積もりを取られることをお勧めする。
まるで「いすゞフローリアン」と思わせるアイドリング時のエンジン音なのに?
▲フランス車らしいと言えばフランス車らしいエンジン。エンジン単体で艶やかさやエモーションを求めておらず、クルマ全体として大らかに、豊かに乗るものを包み込む感じ、そしてストレスなくどこまでも走りたくなるエンジンだ。
あまり過ぎるのもいかがなものかとは思うが、フランス車の「ぜんぜん気にしない」というあの感じは何だろうか。少しは気にしてほしいと思ってしまうくらい、エンジンがよそ行き仕様でなさすぎるのです。黒子に徹しているとは実に旨い表現でして、用は一切に「おめかし」がないということです。幼稚園児だって、髪の毛を梳かして「ひさしぶりのおいちゃん」に見られてもおかしくないようにするものです。フランス車はそういうめかしこみがない。そりゃ、男のランニングみたいなものを着ても、紙がぼさぼさでもソフィーマルソーなら見られるでしょうよ。それはソフィーマルソーだからでありましてですね…。
フランス車に乗ることはこういう日本人からすると突飛でならないようなことに振り回される。そんなのが楽しくて乗っているようなところもあるのでしょうから、まあ、いいのですがね。それにしても言いたいのはやかましい。20年前のトラック用のディーゼルエンジンでも、もしかしたらと思う音圧と音質。正直「へ?マジで?」と思ってしまった。お待たせいたしました「ガラガラ音」のディーゼルエンジンの登場ですよ!まさにそんな雰囲気なのであります。
▲フィガロジャポンのドライブインシアターにお邪魔するからフランスのプジョー、というのは偶然だった。しかし、人生を楽しむモータリング。暮らしを豊かにするライフスタイル。このクルマはぴったりだと感じる。ベレルっぽさ、この全長の割にホイールベースが短い大型車である点、にこやかなテールライト。そのテールライトの形状とライセンスプレートの取り付け位置の関係がそう思わせたのかなと自己分析。ベレルはかつていすゞが乗用車を作っていた時のフラッグシップモデル。それこそ真っ先にディーゼルも選べる先駆的なメッセージ性も持ったいすゞらしさのある意欲作だった。
▲原稿を明け方まで書いて気づいたら白々と。週末の明け方。ニュータウンを3つほど抜けて帰る我が家へのドライブ、正直最近乗ったクルマのなかで屈指の味わい深いものとなった。ボディの剛性感、サスペンションのセッティング。ステアリングの素直さ。すべてにおいてバランスの良さを体で感じることのできる一台だった。
がしかし!!車内にいると全く障らない。多少音がする。しかしガラガラ音の小ささでは、エンジン自体がもっと静かな最近の優秀なディーゼル乗用車たちと比べても静かなのではないか。そう感じるほど静かです。少なくとも障らない。これは改めて感心しました。そして社内にいたら聞こえないから、そのままエンジン自体の音のよそ行き演出を「失念したまま」発売してしまったに違いない!と勝手に決めつけたくなるほど、勝手に納得できてしまうくらい、メカニカルノイズのシャットダウンに成功しているのです。
そして間もなく3度目の驚きが待っていることをこの時の私は知りませんでした。それは、走り出したときのことであります。とにかく軽やか。そしてその音に関しても、ロードノイズの方が大きくてエンジン音が聞こえにくくなるような場面があるほど。それでもフラットな乗り心地の担保とあわせて、妙に居心地のいい空間で、走り始めてすぐに気に入ってしまいました。関東にお住まいの方でないとわかりにくい説明かもしれませんが、気に入るのに恵比寿駅のそばで借りたこのクルマを、天現寺の交差点まで走らせる必要はありませんでした。そのくらいすぐに、多くの人がおそらく気に入ってしまうに違いありません。
▲この窓のようなドアミラーとの間の隙間、ここがもたらしてくれる視界、精神的な隙間、ゆとり。運転していて効果絶大な気がする。
かなり大きいが、サイズを感じさせない妙
▲235 45R18というサイズはまさに今時というべきだろうか。このクルマのパフォーマンスであればこのくらいでもいいのかもしれない。しかし「猫アシ」ぶりはあまり期待しすぎないでほしい。それなりのロードノイズと、タウンスピードでの比較的大きなドシンバタンという入力のおお土産あり。まあ、お土産だからこちらから「いらない」とか「こっちがよかった」ということはできないのだが(笑)。それでも絶対的にはやかましくて耳障りということはなかったし、速度が乗ってきたときのしなやかさ、段差のいなし方、レーンチェンジや右左折時のマナーなどを見ると、依然プジョーがアシにもこだわりというより「誇り」を持っていることを感じる。
なんだかもっと小ぶりなクルマに乗っているような感覚が付きまといます。向きを変えるのに右折レーンからそのままUターンを決め込もうとステアリングを切ると「あ、結構大きいのね。」とここで切り返すことになります。そんな感じのクルマでした。とにかくその大きさを引きずる感覚はなくその点は一度試乗して確かめていただきたい。このクラスのクルマに乗る時のネックの一つは案外クリアされてしまうかもしれません。実際の大きさよりも「大きい」「重々しい」そういった感覚はこのクルマには皆無だと感じました。
しかし感心させられる!!相変わらずの「ギヤ比の魔術師」ぶり
現在の日本での508のラインナップはディーゼルに一本化されたようです。その第一印象で、音が随分旧弊なディーゼル車みたい!と思ってからかっていたことをすっかり忘れ去るほどにトルクフルで、ピックアップのいい仕上がりのこのクルマは、やはりフランスのフラッグシップにふさわしい一台です。
そこで感心させられるのがギヤ比というかシフトスケジュールというか。オートマチックとの相性の良さです。フランス車や、イタリア車では、そのベースとなる思想はまるで違うものの、エンジンも実に天才的だと感心させられるものの、それ以上にトランスミッションの味付けの秀逸さです。正直神がかっているとすら感じます。
▲このパノラミックグラスルーフも標準装備で付いてるようです。広大な開口部は気持ちがいい。初夏の日差しの下でも開けていて熱すぎるということもないのは感心した。やはり屋根が開くのは気持ちがいい。ただし、サンルーフとして開け放つことはできない。乗っていて気持ちのいい空間、と感じさせるのはこういう装備の貢献度も小さくない。
▲そしてシェードを閉じればグラスルーフを閉じることもできる。しかもこのダイヤルで段階的に。
世は10速ATの時代に入ろうとしています。レクサスの10速はとても秀逸と聞きますので是非一度味わってみたいものですが、そうでなくとも8段9段と昇るのも一苦労な状況が一般的。しかしです、昔からオートマチックと言えば「6段の調べ」と申したではありませんか!その昔は4速が普通だったものです。
まあ、やや事例が飛躍しすぎましたが、あの多段式ミッション、何べんも申し上げますが、「トルクバンドの美味しいとこどり」と言えば聞こえはいいですが、半分しか食べていないKiriのチーズを残して次の銀紙を外して手を付けようとしているような感じがしてならないのです。もしお子様がそういうことをしたら、どんなに温厚な菩薩の異名をほしいままにした奥様もさすがに「いい加減にしなさい」となるでしょう。トルクバンドを食べ散らかしているような気がしてなりません。痛快な反面、もう少し引っ張ってもいいのでは・・・スポーツモードとかにすると、ギヤの役目というよりは「それ、やりたいだけでしょ?」みたいな変速拒否での高回転までの引っ張りすぎるし。なかなかちょうどよくいかないですね。
その点この潤沢なトルクの源泉たるディーゼルエンジンからとめどなく沸きいづるトルクをしっかりと使い切り、回しきる。しかももたもたせず、すっきりと。ふけ上がりや、キレもいいエンジン。妙に若々しい。6速でいい、というか6速がいい。そんな気になるトランスミッションでした。
カタログではリッターあたり18キロとあります。今回距離が短いのと、満タンのレベルがやや怪しいので正直いやだけど、もう一度拝借して遠出しなければならないという気満々な筆者ではあるわけですが(笑)。燃費についてはあまり信頼できる値ではありませんでした。それでも11キロ強くらいはたたき出しています。ドライブインシアターの取材で、ずっとではないにせよ、アイドリングして待機していた時間もありまして、かなり悪い値でこれという感じではないでしょうか。走り方によっては、このカタログ値かそれ以上に走らせることも夢ではないでしょう。
乗る人を包み込み、乗る人の旅に喜びをもたらす、アッパークラスのプジョー
このクルマが464万円~だそうです。広報車にはエジプシャンブルーという上品な濃紺のボディカラーだけがオプションで選ぶことのできる装備としてついていました。ハーフレザーの大きく包み込むような流石フランス車なシート。大ぶりのパノラミックガラスルーフは好天時に全開にしていても明るいが熱すぎたり眩しすぎないのが良いと思いました。シェードの開度をつまみで選ぶことができるのでサンルーフではないけれどいいと思います。これらすべて標準装備ですか。なんだか妙に買い得感が高い気がします。
ドイツ勢だと「誰の断りを得てその価格にした!」といいたくなるほどいとも簡単に500万円を超えてきます。もしこのクルマ、それらと同じ価格だとしても一度チェックしておく必要のある、頼もしいロングツアラーの相棒になりうる資質のあるクルマだと思います。いわんや、50万円ほどは少なくとも価格差を感じることのできる内容。定価でもこの余った予算で、旅行に行きますか。キャンプ用品、ゴルフクラブ、カメラを買い替えるのもいいでしょう。
▲しかし、この大きなトランク何を積みましょうか。ビジネスユースを兼ねて、というような使い方でもかなり頼もしいだろう。
でもプジョーの50番台。かつて504もディーゼル乗用車の輸入車として評判でしたし、505も素敵なクルマでしたね。ことさらアピールが過ぎない。でもしっかりと乗る人を包み込み、乗る人の旅に喜びをもたらす、アッパークラスのプジョー。これを愛車に選ぶ。それこそ通ではないでしょうか。通でなくてもいいです。馬鹿にされてもいいくらいです。だからこのクルマで九州の果てまでドライブしてみたい。そう思ったのは本心からなのです。
地味ですか?でもそんなに派手でも困るでしょう。大きいですか?まあ、確かに。しかしそれを言い出すと乗るクルマなくなってしまいますね。そう考えると、この508SW。実にアフォーダブルな一台に想えて仕方ないのです。ロングドライブへ誘って困るんですが、一回りでもかなり響くかもしれません。あなたの心の扉をたたくかもしれません。是非一度試乗だけでもされることをお勧めします。二度見の良さ、いいいいとは聞いていたけれど。ここまでとは。一人者の小生でも欲しくなる、そんな大きなプジョー、佳作との出会いもまたご縁。そう申し上げなければなりません。
[ライター・カメラ/中込健太郎]