更新2023.04.27
最新モデルに乗って改めて分かった「W126型メルセデス・ベンツ Sクラスの魅力」とは?
北沢 剛司
メルセデス・ベンツのフラッグシップモデルとなるSクラスは、時代の最先端を行く技術を投入し、高級車のベンチマークとなる存在。2020年に7代目となるW223型が登場し、2021年から日本でも発売が開始されました。
今回の新型Sクラスにも革新的な技術がいくつも搭載され、新時代の高級車像を提示しています。そんな最新のSクラスに触れているうちにふと気になったのが、現在もSクラスの傑作として語り継がれている2代目モデルのW126型。先日、往年の560SELに改めて試乗する機会があり、30年間にわたるSクラスの進化を体験することができました。
今回は最新のSクラスを体験して分かった、W126型Sクラスの魅力について語ってみます。
■最新のSクラスで気になったこととは?
先日、最新のSクラスに乗る機会がありました。
試乗したのは3リッター直列6気筒ガソリンターボエンジンにISG(インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター)を組み合わせたS 500 4MATIC。スイッチ類を大幅に削減した新世代のインフォテインメントシステム「MBUX」の操作性、メルセデス初装備となるリア・アクスルステアリングによる小回り性能の良さ、そして極上レベルの快適な乗り心地など、最新のSクラスにふさわしい盛り沢山の内容でした。
その素晴らしさに感動した反面、あまりにもソフィスティケートされた操作性と快適性に違和感を感じたのも事実。むしろ同行していたW213のE 200 スポーツのほうが自然なフィーリングで、従来のメルセデスらしさが感じられたことにホッとしたというのが本音です。
■W126型のSクラスとは?
そんなことを考えながらふと気になったのが、W126時代のSクラスでした。
1979年にデビューしたW126のSクラスは、初代SクラスのW116型に比べて、燃費性能と安全性能を大きく向上させたモデルでした。燃費性能向上のため全幅は縮小され、空力的なデザインを採用。車重も大幅に軽量化されました。安全性能では、ABSの採用、世界初となる運転席エアバッグの設定などで話題となり、名実ともに世界をリードする高級乗用車となりました。
1985年にはマイナーチェンジを実施。排気量を拡大してパワーアップしたエンジンの搭載をはじめ、エクステリアでは前後バンパーとボディ側面下部の樹脂パネル(通称:サッコプレート)の形状をよりスタイリッシュなデザインに変更。ホイールは14インチから15インチにサイズアップするなど、商品価値を大幅に向上。1991年まで生産されました。
なかでも、マイナーチェンジ後のモデルで大人気となったトップレンジモデルが560SEL。V8 SOHCエンジンの排気量を新たに5.6リッターに拡大し、本国仕様では300psを発揮。日本仕様では当初245ps、1989年からの後期モデルでは285psにパワーアップされました。
ちょうど日本のバブル期に登場したこの560SELは、成功者のステイタスシンボルとして売れまくりました。数が足りないので新車と中古車の並行輸入車も大量に持ち込まれ、市場にはさまざまな560SELが流通していました。当時、価格の安さで並行輸入車に飛びついたユーザーのなかには整備費用を惜しんだ人も多く、それが重大なトラブルに発展する原因になりました。
バブル崩壊後は大量のSクラスが市場に溢れかえり、100万円以下で販売される個体も少なくありませんでした。そして激安価格に飛びついたユーザーが十分な整備をせずにトラブルで手放すという悪循環が繰り返されたのです。こうして修理費用がかかりすぎる車両は廃車され、手厚い整備を受けてきた車両だけが生き残りました。
■筆者が購入した300SEとは?
筆者もかつてW126の中古車を購入したひとりです。
当時25歳だった1995年に1987年式の300SEを198万円で購入したのです。ボディカラーはこだわって探したライトアイボリー。ドイツのタクシーの色と同じアイボリー色です。当時定番のブルーブラックやミッドナイトブルーにしなかった理由は、カジュアル的に乗れるSクラスを求めていたため。その個体はスチールホイールが装着され、内装はブラウンのファブリックシート。右ハンドル車のため、パーキングブレーキはダッシュボード右側から生えるスティックを引くという特徴的な仕様でした。
300SEに搭載された3リッター直列6気筒エンジンの「M103」ユニットは185psを発揮。W126のATは基本的に2速発進のため発進こそもたつくものの、意識してアクセルを踏み込めばそれなりに走るので特に不足は感じませんでした。
それよりも抜群の見切りの良さによる走りやすさと、ゆったりとした乗り味に魅了されました。全長は5mを超えるものの、全幅は歴代Sクラスのなかでもっとも狭い1820mmにとどまるため、狭い道でもストレスなく運転できました。金庫のような剛性感を感じさせるドアを閉じてステアリングを握ると、どんなに嫌なことがあっても忘れてしまうような一種のヒーリング効果さえありました。
その300SEには1年半ほど乗っていました。しかし、オーバーヒートとエアコンの故障、足回りのオーバーホールなどで修理費が高額になることが分かり、泣く泣く手放しました。
■久しぶりに乗った560SELに感動
先日、旧知の友人が560SELを譲り受けたというのでクルマを見に行きました。
アストラルシルバーに塗られた1989年式のその個体は、1オーナーで走行距離3万km。300psの本国仕様でした。手に入れた当初からエンジンの不調、エアコンの故障、メーター故障など矢継ぎ早にトラブルが発生。すでに修理代だけで200万円近い出費です。
そんなに手がかかる560SELであっても、友人によれば足として使っている現代のBMW3シリーズよりはるかに気持ちが良いといいます。実際にステアリングを握らせてもらったところ、昔300SEに乗っていた記憶が蘇ってきました。乗ると背筋がピンと伸びて自信を持って運転できるあの感覚。かつてのステイタスシンボルとしての存在感はなくなりましたが、威厳と重厚感を感じさせるスタイリングは健在で、独特の雰囲気を醸し出しています。
久しぶりに運転したW126は、V8自然吸気エンジンの力強い加速感と併せて、すべての操作系が自然なフィーリング。いつの間にかとてもリラックスしている自分に気づきました。
もちろん快適性でいえば高度にデジタル化された最新のSクラスのほうが優れていて、対話型インフォテインメントシステム「MBUX」の操作にも先進性を感じます。日常のツールとしては最高の相棒になれるかもしれないと思いつつ、スマートフォンのような操作性は日常の延長線上にあるのも事実。クルマを気分転換として使いたい人にとっては、W126のようなアナログ時代のモデルのほうが非日常感を楽しめることを確信しました。
都会に住む人が週末キャンプに出かけるように、クルマ趣味の世界にも、週末は不便なアナログ時代のクルマでリラックスするような楽しみかたがあっても良いのではないでしょうか。維持費の問題もあるので誰もができるわけではありませんが、そんなライフスタイルに改めて憧れました。
■若い世代をも魅了するW126
今年クルマ関係で知り合った人たちのなかでもっとも衝撃を受けたのが、2人の若いW126オーナーです。
1990年式の560SELに乗る安田勝利さんは27歳。1989年式の420SELに乗る生方紀広さんは22歳という若さ。毎週のようにツーリングに出かけ、W126で日本各地をドライブしています。
安田さんの愛車となる560SELは、ノーマルホイールからエミールホイールに履き替え、字光式ナンバープレートとゴールドのフードマスコット、それに自動車電話のアンテナが特徴的。車内には通話こそできないものの本物の自動車電話をセット。まるでバブル全盛期のゴージャス系Sクラスの見本のような仕様です。
1994年生まれの安田さんにとって、バブルは生まれる前の出来事。しかし、お母様がW201のメルセデス190シリーズに乗っていたことに大きな影響を受け、昔から560SELに乗るのが夢だったといいます。専門知識も豊富で、ボディカラーを3桁のカラーコードで呼ぶような変態ぶり。その熱量の高さで、九州が母体の「オールドメルセデスCLUB」の関東代表に選ばれたというから驚きです。
ちなみに今回掲載した写真は、安田さんが撮影したもの。記事掲載にあたり安田さんの撮影作品をデジタルリマスタリングさせていただきましたが、いずれの作品もW126への愛情が伝わってくるものばかりで、本当に楽しい作業でした。
もうひとりのW126オーナーである生方さんは、もともとご実家にボルボ940エステート クラシックがあるという環境で生まれ育ち、現在は生方さんがそのボルボを維持しています。W126は安田さんの影響で興味を持ち、2021年に購入したとのこと。ネオクラシックばかりのクルマ生活も、最初からその環境だったので抵抗感がないといいます。
そんな生方さんの愛車となる420SELはAMG仕様。他のものを威圧する圧倒的な押し出し感が特徴的なフルエアロ外装が特徴的です。W126の現役時代にはキット付きの姿をたくさん見かけましたが、現在はほぼ絶滅したように思えます。そんな中、往年の勇姿がタイムスリップしたかのようなAMG仕様のW126は、周囲のクルマと明らかに異質なオーラを放っています。しかも、ホイールを従来のAMGモノブロック1ピースタイプから1世代前のヒトデ形ホイールに換装。ドレスアップの進化にも興味がつきません。
■世代を超えてクルマ好きを魅了するオールドメルセデス
このように旧いSクラスに乗る20代の若者がオールドメルセデスの活動を引っ張るという、奇跡的な展開が現実化しています。
ネオクラシックの世界も、当時を知る40代〜60代だけでなく、若い世代が確実に活動の場を広げています。そんなおふたりの姿を見ていると、日本におけるオールドメルセデスの活動がより活発化することに大いに期待が持てます。そして、若いふたりを深く魅了する、W126の時代を超えた魅力にも改めて驚かされたのでした。
[ライター/北沢剛司・カメラ/安田勝利・画像/ダイムラーAG]