試乗レポート
更新2023.11.22
日本に数台?もう一台のマセラティ430(MT仕様)試乗レポート
中込 健太郎
日本に数台?マニュアルのマセラティ430に乗る。
さてそんなところに、私がマセラティ430を購入した大田区の「アウトレーヴ」から連絡がありました。430が再び入庫したということなので、一度試乗させてもらうことにしました。実はそのクルマは、一度すでにモノを見ているクルマでした。購入して直後にマセラティクラブのイベントにお邪魔した際、そこにもう一台参加されていた個体こそ、その430だったのです。フロントデザインは私のクルマより少しだけ新しいもの。一体型バンパーになっていて少しモダンな印象を受けます。ドアの周りには、控えめながらサイドスポイラーがつき、トランクリッドにも、これまた控えめなリアスポイラーが付いているのです。
正直、430の当初のイメージ、そんな外観を持ったクルマでした。そしてこのクルマが大変珍しいのは「マニュアルトランスミッション」の仕様だということ。ガレーヂ伊太利屋が日本に持ち込んだ個体の中で、この仕様はかなり少数派。エンジンは例の甘美なエンジンが付いていて、マニュアルでリムジン、つまり4ドアモデル。率直に「随分わがままなクルマだなあ」そう感じたほどでした。
マセラティ専門店マイクロデポの岡本さんに教えていただいたのは、革の材質の話。黒とベージュは牛革を使用しているそうだけれども、それ以外のカラーの内装を選ぶと、もっと柔らかい豚の革を使用しているのだそうです。僕のは青い内装なので豚、柔らかい風合いはなんとも素晴らしいタッチを見せてくれるので、匂いも牛のそれとは違っているようでした。よりカチッとした印象。そんな雰囲気のマニュアルのマセラティ430で、国道に試乗で出てみました。
キラキラとして、輝いているよう。
低回転からトルクが潤沢なエンジンなので、不用意に回す必要も感じず、案外オートマチックで欲求不満になることは少ないのですが、改めてマニュアルで操れば、このエンジンのエキサイティングなところをしっかりと堪能できるのだと改めて実感しました。定常状態での扱いやすさは普段から感じていましたが、そんな「信頼仕切っている」パートナーのセンセーショナルな側面を垣間見るのは、なんともドキッとするものだなと思います。
ひと踏みひと踏み味わうのとは違い、ひと踏みごとに蹴上げる感じ。その挙動とともに精神的に挑発されるかのようなのです。マセラティの表現ではこういう方法はいささか安易で不本意ですが、よく言われる「淫蕩」の風情が確かにある、より顕著に感じることのできるクルマだと感じました。大きくないボディ、重たくはないボディを、ひらりひらりと操ることができる。しっかりとした握りのシフトと、深く固めな感触のシフトゲートは、それこそ「クラシケ」のマセラティでも運転しているかのような感覚になります。音も、たたずまいにも、なんとも言えないきらびやかなものを感じたので不思議でした。
惚れ惚れするほどに女性的。
あのクルマはマニュアルで操らなければならない!そう強く意を決したかというと、案外そうでもありませんでした。しかし、あのエンジンをマニュアルで操ること。そこには歓びしかありません。そのクルマに惚れる、というよりもあのエンジンを自ら操れていることが、絶対的に悦楽の権化であることは間違いありませんでした。そしてその妙な艶やかさに、とても女性的な印象を覚えたのです。
このクルマに女性が乗っていたらかっこいいだろうな。そんな絵は素敵だろうな、なんてことを考えながら、気がつけば、かなり都心まで走ってしまっていました。左折左折で再び多摩川の方へクルマの向きを変える時、いつも以上にジェントルに、そして、横断者に430を見せつけるかのように、クラッチとアクセルを操作していたものです。
430にありがちなのですが。「あんなマセラティあるわけないじゃん」というまなざしの若者と、「あんなクルマを乗り回す奴がいるのだ」という奇異なものを見る眼差し、しかしながら決して視線を動かさない、中年〜年配の自動車好きの方というのが相当数いるものですが、やはり、マニュアルの挙動に気がついたような男性も何人かいた模様。絶対にひけらかさないのだが、多いに、包み隠し難い主張。マセラティ430の妙味はこのマニュアルの個体でも、多いに痛感させられるところでした。この女性的な雰囲気に惚れ惚れしてしまいます。
しかし、同時にこれに乗る女性、これを思いのままに操る女性には警戒をするに違いない、という想像も同時にしていました。このクルマの女性的なところには惚れ惚れしますが、これを涼しい顔で乗りこなす女性には気負う、と思ったのです。ただものじゃないでしょ、そんな女性は。間抜けな小生でも難なく警戒できるに違いありません。
短い時間ですが、時を忘れるような。そして、さようならをするのが惜しいほどに余時を気にするようなところもある試乗。あの角を曲がったらお別れか。最後の角が見えてきた時の寂しさときたらありませんでした。キラキラと輝いていて、しっかりと普段から使える勝手の良さ。それはマニュアルのモデルでも全く変わらないこのクルマの持つ美徳だと言ってよいでしょう。
私の元にもう一台受け入れることができないのが、とても惜しいとすら感じました。佳い、粋な、ユーザーの元に嫁いでくれることを祈らずに入られません。マセラティ430は、本当にいいクルマなのでお勧めしたいですね。でも、これだけは言っておかねばなりません。「そんなに勧めるというけれど、壊れたら責任とってくれる?」というような類のことを冗談でも言う人があります。
しかし、そんな責任など私は負いません。人が負う話ではないのです。もしかしたら何かあるかもしれないけれど、その間にオーナーでなければわからないこともたくさん遭遇することでしょう。全てが財産なのです。そんなことを言う奴は乗らんでよろしい。あるいは、何もないかもしれないけれど、万が一の場合に大いに苦労するために、こういうクルマとともに暮らすべきなのかもしれない。そんなことを考えたりしてしまいました。
今こうして乗り比べができること。なんという果報でしょうか。この無情の幸福、感謝なくしては語れません。
▲試乗した個体は普通のタイプの3点式シートベルトが付いている。
▲筆者の個体は当初北米向けに製造された個体をガレーヂ伊太利屋が持ち込んだ個体。ドアの開閉と連動してのシートベルが移動するタイプ。ちなみにこの機能は現在は殺してある。
▲筆者の430に貼られたガレーヂ伊太利屋のステッカーは、最近になってデッドストックを分けていただいたものを貼ったもの。
▲この日試乗したマニュアルの430には同じ、しかし経年ですっかり変化したステッカーが。「違うけど通じるもの」マセラティに乗っているとそういうことに敏感に、ありがたく。
▲トルクフルなエンジンで実は思っていたよりも「圧倒的に機械としてマニュアルの方がいい」とは感じなかった。しかし、行間で語りかけてくる煌めき。踏むたびに蹴上げる独特の軽やかさ。機械としてではなく、感性を揺さぶる魅力がより刺激的な点を否定することはできない。
取材協力:アウトレーヴ
アウトレーヴのオフィシャルサイト
マニュアルのマセラティ430に関してはこちらを参照ください