試乗レポート
更新2023.11.22
徳の高い一台。マセラティ ギブリ ディーゼルを込氏が試乗レポート
中込 健太郎
今、個人的には結構気に入っているプレミアムサルーンの一台と言えるでしょう
マセラティほどのプレミアムブランドでは、通常のメーカー以上に車格、立ち位置についてより深いキャラクタライズを感じることができます。ですからクアトロポルテではフラッグシップとしての役割も与えられており、どこか逃れがたいフォーマルな要素を感じるものです。しかし、ギブリは「そうではない4ドアマセラティ」なのです。いうなれば「マセラティスタの休日」そんなキャラクターにより明確に振られている気がするのです。そしてビトゥルボ系がそもそもそういうところがあって、その妙な立ち位置が今になってみると「絶妙」に感じられ、あれはあれで独特の深みを映し出しているように感じるのです。
そんなギブリに、ディーゼルが設定されるという噂は昨年より耳にしていました。ディーゼル乗用車文化が後発の日本では軽油が安いからという点を差し引いても、ガソリン車よりも1リットルの燃料で走ることができる距離はおしなべて良好。それに加えて、トップパワーではなく、低回転から潤沢なトルクをクルマに注ぎ込み、ステアリングを握る者に確かな加速感をもたらしてくれます。カリッカリにピーキーなエンジンで高回転だけを塗ってハイパフォーマンスを引き出すセッティングよりよほど個人的に好感を持っています。
個人的に最近ディーゼルづいている
僕の430もドッカンターボだと言われますが、きちっと調整された良好なコンディションのエンジンは、むしろトルクで走るクルマです。だからこそ乗る者を鷹揚にし、ジェントルにするのです。しかし、いざ踏み込めばそれはもうそこらのクルマには負けません。ちょっとしたバイクのような加速(乗ったことはありませんが自動車で味わったことのない、軽やかな加速)をするものですが。その辺も今時の常識からすれば、確かにトップスピード抑えめのこのディーゼルギブリ、結構通じるものがあればいいなあ。そんな風に楽しみにしてきました。
メルセデスベンツの秀逸なディーゼルに触れ、父のBMWはディーゼルに。登記した会社所有のアシはデミオのディーゼル。個人的にかなりディーゼルづいてますが、とうとうマセラティでディーゼルが乗れるとなるとは、これを思うだけで気持ちが高ぶりました。そこにきて最近ジャガーなどでもディーゼルの導入が進んでいます。
ゴールデンウィーク前の3日間ほどでしたが、乗せていただくことができたのでまとめたいと思います。
「ディーゼル」以前に年次改良で改善されたギブリ
マセラティ・ジャパンにクルマを拝借に伺うと、私の前に現れたギブリは「ロッソ・エネルギア」と呼ばれる明るいワインレッドに、サッビアと呼ばれる明るいカフェオレのようなカラーの内装。個人的に好ましいコーディネーションの試乗車が現れました。
まず第一印象。エンジンがどうという以上に、一段とクルマの出来が横なったように感じました。一番顕著なのが、電動になったトランクリッド。奥行きのたっぷりしたトランクに荷物を積み込もうとすると、前回拝借したギブリは内張りも簡素な、スタイリッシュなフォルムのそのトランクリッドを閉めるとき、手で勢い良く締める必要がありました。それ自体別にいいのですが、そのフォルムと、閉まるときの音のギャップに、ちょっと価格などを考えると目の前で起きていることでも信じがたいほど粗野な仕草と音を呈しました。もちろん、車輪の外側をできるだけ軽量に、という考えもわかります。しかし、そういうシーンにそれほど出くわすことのないクルマでしょうし、広く理解されるという点からすると、いまひとつ解せないものがありました。
しかし、今回拝借したモデルには電動トランクリッドが採用されておりました。今時こういうのは、あった方が受け入れられやすいだろうなと感じました。加えて静粛性が向上しているように感じました。エンジン音云々ではなく、風切音やロードノイズの侵入がいぜんより改善しているように感じました。ドイツのライバルお歴々を向こうに回して比較したらいろいろあるでしょうが、マセラティ乗りとして、こんなに快適なトライデントならいいなあ、と思わせるにはもう十分なレベルに達していると感じました。
もはやマセラティスタのアシ?
早速首都高を通って湾岸線へ。アクセルのフィーリング、以前乗ったガソリンエンジンの標準車に比べて重量感を伴っている印象がありました。トータルで走りにも重厚な印象が生まれます。この理由はセッティングというか、重量そのものが生む効果かもしれません。このギブリ・ディーゼルには、V6 3000ccのターボディーゼルエンジンが搭載されていますが、車重は全ギブリシリーズの中で最重量です。330馬力のガソリンの標準車よりは90kg、その標準車とおなじエンジンながら410馬力にチューニングが施され、4輪駆動になったギブリS Q4よりもさらに10kg重いのです。
ただしMAXパワーはディーゼルの場合275馬力。これ自体を見るとかなりトルクに振られたエンジンなのですが、ガソリンエンジンを前にすると「カタログ映え」はないスペックと言わざるをえません。比較的低回転からトルクを生むにせよトルクピークは一番高回転に設定されているのもちょっと面白い点です。その最大トルク自体はシリーズ最大の600Nmで最大です。
しかし、当たり前ですが非力で遅くて困るようなことはありません。このパワーと重量の関係は逆に言うと、少しマイルドな、全体としてはよりジェントルな加速の味付けくらいにしか作用していないということになるかもしれません。
ディーゼルエンジンは、踏み込むと華やかなビートを奏でる
このクルマプロモーションで音についてかなりフォーカスしています。しかし、まず停車時の音はディーゼルエンジンです。絶対的にはやかましいことはないですが、ディーゼルのそれです。そしてそれ以外の時にエンジンを聞こうとしますと、あまり聞こえません。基本静かです。窓を開けたりしてなんとかエンジンの音を耳で聞きたいと思うのですが、走っている時はマルチシリンダーディーゼルエンジン、さすがです。停止したらアイドリングストップが効きますので、窓を開けても聞こえません。
2000回転までトルクで持って行った後、さらに踏み込むと、まるで金管協奏曲でも聞いているかのような華やかに心に響くビートを奏でます。そして結構な勢いで刺すような加速を見せてくれる。標準では18インチのホイールですが、スポーツパフォーマンスパッケージを装着していた試乗車には20インチのウラーノ・ホイールを装着していましたが、これがばたついて困るとか、そういうこともあまり感じず、ホイールとステアリングの剛性感も、430乗ってると通じるものを感じます。もっと楽だし、いろいろ整ってますが、無論。
そして、程なくして「帰ってきたぞ」という妙にアットホームな気持ちになりました。この感覚、メルセデスベンツにはもっと強烈にそう感じさせるものがありますが、それほどではないものの、確かにその感覚を覚えたのです。
このクルマに乗って感じたことがあります。もしかすると、これから初めてマセラティを買おうとした人がこれを買うと「なんだ、マセラティもマイルドになっちゃって」と思うかもしれないということです。そして先にもお話ししましたが、細かい作りはドイツのクルマにはかないません。工業製品としての完成度で言えば。そんな荒ささえ目につくのかもしれません。
しかし、それでも、今回「価格以外は極めてスータブルな一台だ」と思いました。トライデントを掲げたクルマ、しかも自分の元に所有するマセラティと通じるキャラクターも感じるクルマが、ディーゼルエンジンでランニングコストも抑えつつ、毎日乗れる。「こんなことが許されていいのでしょうか」と言うのが私の率直な感想です。できるものならこういうクルマを足にしたいものだ、そう感じたのです。
このクルマに乗って「マセラティなしではいられないからだに成ってしまった」ことを自覚してしまいました。ギブリ・ディーゼルの真の意義というのはそういうことなのかもしれない。そんな風に思うのです。このクルマのプライオリティで最優先されていること「それでもマセラティ」だということ。
それ以上何がいるというのでしょうか。この実感を得たときに、「マセラティに乗ってて本当に良かった。」逆にそんな感想にまで帰納したのでした。
単に高貴であるだけでなく、徳の高い一台。維持費が安いマセラティ
マセラティなのに、都内から浦安を経由して、静岡県の島田を往復。飲み込んだ給油23リットル。400キロほど。高速道路メインとはいえカタログ値の17km/を超える値は造作なく叩き出せました。その金額2050円。維持費が安いマセラティ。こんなことが許されていいのでしょうか。随所に燦然と輝くトライデント。ギブリディーゼルを足にできたいうことないだろうなあ。この意見はもしかするとあまり受け入れられないかもしれませんが、こんなに魅力的なクルマもないのではないか。僕の430の上をゆくマセラティがようやく現れたことを心の底から祝いたいと思う。いつかガレージに並べられたらなあ、と思わないはずがないそんな一台でした。
燃料タンクは80リットルと言うので、かなり長い航続距離を誇ります。ステアリングを握っているそのクルマはマセラティ。刺激でマセラティをアピールするのは、むしろ誘うため。対して饒舌にならずとも、当然にそう、マセラティであるということ。単に高貴であるだけでなく、徳の高い一台。そんな風に感じるのは、もしかしたら私もようやく、マセラティスタとして片足をはめかけている証なのかもしれませんね。
でも430もこういうものだし、ギブリディーゼルには、ステレオタイプなマセラティのイメージより、旧来のマセラティの真の姿を訴えようとしている。調律された心地よいエグゾーストノートなんかよりも、実は感銘を受けたところだったりするのです。
▲試乗車のオーディオは標準装備の8スピーカーだったが、ムーティの見識を感じ節度ある指揮で奏でる、シカゴ交響楽団のベートヴェンの第九の名演奏ぶりは、しっかりと感じ取ることができた
▲今回は日程の関係で途中で一度給油するにとどまった。東京の六本木からスタートして、浦安を経由し静岡県島田市を往復。帰路横浜の狩場インター、保土ヶ谷バイパスを過ぎたところでの給油となった。400キロを少し越える距離でメーターは1/4を超えたあたり。十分以上にパワフルなパフォーマンスを考えれば賞賛に値する燃費と言って良いだろう
[ライター・カメラ/中込健太郎]