
カーゼニ
更新2017.10.23
華々しいランボルギーニを目の前にして、なぜ私は興味を持てないのか?

伊達軍曹

ランボルギーニの日本への輸入開始から50年というメモリアルイヤーを記念して行われた一大イベントだが、その詳細については別媒体に記す予定であるため、ここでは触れない。しかしながらここCLで書いておきたいのは、当日思い知らされた「己の器の小ささ」についてである。
綺羅星の如きランボや美女になぜか興味が持てない

会場となった東京プリンスホテル「ガーデンアイランド」の屋内特設スペースには新旧さまざまの、綺羅星の如きランボルギーニが並んでいた。そして屋外スペースには「コンクール・デレガンス Tokyo 2017」の審査を受ける往年のランボルギーニたちが、これまた綺羅星の如く立ち並んでいた。ついでに言えば会場に派遣されていた公式キャンギャルたちも(たぶん)イタリア系の八頭身超絶高級美女であった。
八頭身高級美女を含むそういった「華々しいもの」の数々に、来場した人々は目も心も奪われていたように私には見えた。ついでに言えばメディア関係者でもなくランボルギーニオーナーでもない「いなせなニッカボッカーを履いた通りがかりの職人さんたち」も、屋外に並ぶコンクール・デレガンス参加車両に夢中のようでいらっしゃった。
しかし私はといえば、まったくの平熱。体温計の目盛りで言う「36度5分」のような表情で、それらすべての状況を見つめていた。
それは私が「クルマ」というモノに冷めてしまったからなのだろうか?
否、それは違う。
なぜならば私は今、このたび新車として購入することになったスバルの中級クロスオーバー車「XV」に対しては大いに夢中だからである。
「ランボを買ってる自分」がどうしてもイメージできない…

遺憾ながら手放すことになったNAロードスターにまつわる寂寥感、ぽっかりと大きく空いた心の穴は確かにあるのだが、それはそれとして、新たな相棒となるスバルXVへの恋愛感情へも強烈なのだ。
暇さえあれば、何度も読んでいるはずのカタログをもう一度読んでニヤニヤし、オプションカタログを見て軽く後悔する。新型XVに関するほぼすべてのブログや、2ちゃんねる(最近は5ちゃんねるというのですか?)やら価格.comの掲示板やらをアイフォーンでひたすら読む。それが、ここ最近の私の日常だ。つまり「クルマというモノに飽きた」わけでは決してないのである。
なのになぜ、大衆的なクロスオーバー車であるXVなどより遥かに華々しく、自動車愛好男子の心をつかんでやまないはずのランボルギーニに対しては「36度5分」なのだろうか?

それは、私がランボルギーニのことを「どうせ買えない、自分には関係ないクルマ」としてしかとらえられないからなのだろう。
私もこう見えてクルマ好きの端くれであり、さらに言えば、最近のモデルに関してはフェラーリよりもランボのほうが断然魅力的だと思っている。それゆえ、もしも本日のランボ各車を「自分でも今すぐ、または少々の未来に買えるかもしれないモノ」としてとらえられたなら、私だって大いに盛り上がっただろう。来場していたランボ社のCEO氏にも、つたない英語で「ハ~イ! ミーはそのうちユーのクルマ買うグンソーという者デス! よろしくネ!」などと、どうでもいいことを話しかけていただろう。
しかし私には、私がランボルギーニを買う未来、つまり「それを買うだけの経済力を手にしている自分」の姿が見えない。もうね、残念ながらぜんぜん見えない。
それゆえ興味が持てなかったのだ。
自分のこの「小ささ」がひたすら残念であります

しかし考えてみればこれも道理に合わない話だ。
なぜならば、未来というのはいつだって不確定であるはずなので、ひょっとしたら私もマグレで経済的なプチ成功を収める可能性はある。今から私が日本国の総理大臣に任命されたりセ・リーグの首位打者になる可能性は完ぺきにゼロだが、「たかが数千万円」のクルマを手に入れる可能性は、低いだろうが、決してゼロではない。
しかしゼロではないのに、それがどうしてもイメージできない。……これすなわち私の人としての、男としての、器の限界である。

無論、すべての自動車愛好家がランボルギーニ的な何かを目指す必要はぜんぜんないし、そういった上昇志向のようなもの自体がもはや「時代遅れ」とされる時代なのかもしれない。そんなことは、私だってわかっている。
しかし、心の表層ではランボルギーニを求めているはずなのに、深層がそれを断固拒否してしまう自分の「小ささ」が、どうにもこうにも残念なのである。
帰り際、私はコンクール・デレガンスに参加していた見知らぬランボオーナーの肩をポンと軽く叩き、「……あなたは偉大です。でっかい男です」と言った。オーナー氏は「??? 何なんだコイツは?」という顔をしてらっしゃったが、それは紛れもなく私の本心から出た言葉だった。秋の東京プリンスホテルに、夜の帳が下りようとしていた。
[ライター/伊達軍曹]