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更新2022.03.26

「ポルシェの神様」と呼ばれた方に、1965年式ポルシェ911の面倒を診てもらったときのこと

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ryoshr

今からおよそ30年前「ポルシェの神様」と呼ばれたエンジニアさんに自分のクルマを診てもらっていたときのことを思い出してみた。「自分と同い年のポルシェ911が欲しい!」という気持ちだけでクルマを手に入れた頃の話だ。


■海を超えてやってきた来たポルシェ911



インターネット黎明期にカナダで売りに出ていた1965年式のポルシェ911をネット経由で購入・輸入をした。1995年だったと記憶している。


*こちらの記事でも触れているので、興味を持っていただけたらぜひ!


今から20年前。カナダから1965年式のポルシェ911を個人輸入した時のことを思い出してみる
https://www.gaisha-oh.com/soken/1965-porsche911-canada/


インターネット黎明期にやってきた1965年式ポルシェ911は「時をパスするもの」だった
https://www.gaisha-oh.com/soken/1965-porsche911-canada-2/


当時はまだ画像や動画を簡単にやり取りできるほどネット環境はよくなかったし、スマートフォンはもとより、携帯電話自体が普及するようになったの頃だった。クルマが到着する前からネット上の友人からはいろいろなアドバイスをもらってはいたものの、動画で説明をしてもらうなんてことは事実上不可能だったこともあり、実際にクルマが到着した後の整備や車検については、できるだけ自宅の近くの工場にお願いしたい、と考えていた。


当時住んでいた家からすぐ近くに「Zenny」さんというちょっと変わったクルマ屋さんがあったので、まずはそちらへ相談してみた。Zennyさんの店頭にはアルファ ロメオやランチャ デルタ、ロータスセブンといったヨーロッパ車が並んでいて、販売や整備をしていたようで、ときどきポルシェ911も並んでいた。


なかにはプライスボードが出ていないクルマもあって、それは販売車両ではなく、修理か整備で預かっていたのだと思う。ネット経由でポルシェ911を買ったこと、近くのお店で車検を取りたいことを相談したところ「それなら加藤さん(カトーオートテクノロジー)を紹介するよ」ということで、実車が到着したところで加藤さんとお会いすることができた。


当時、川崎市高津区に住んでいたのは、本当に幸運だったと思う。加藤さんの工場も高津区内だったからだ。


その後ずいぶん経ってから、その人が「ポルシェの神様」といわれている人だということを知ったのだが、初対面のときは「旧いポルシェの整備をしてくれる整備士のおじさん」でしかなかった。


加藤さんは軽トラで息子さんと2人でやって来て、到着したばかりのポルシェ911を眺めて「これは可愛いねえ」とニコニコとお話をしてくれた。そして後日、仮ナンバーをつけて工場へクルマを持ち込む約束をしたのだった。


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■車検とは「リアル」なものだった



筆者のポルシェ911を加藤さんの工場へ入れてから数日後、電話をしてみた。クルマの状態を聞こうと思ったからだ。


「4番がね、起きてこないんですよ」どうやら6発あるピストンのうち、4番の燃焼状態が悪いということのようだった。加藤さん曰く「それ以外は大きな修理はしなくても車検は通りそうです。ただね、あちこち錆びてるねえ(笑)」とのことだった。


クルマを預けている間に何回か様子を見に行ったりもした。そんなときはいつも、加藤さんがコーヒーをいれてくれて、工場内の事務所でごちそうしてくれた。その際にいろいろな話を伺ったが、後から思うと、他愛ない会話の中で、筆者が以前はフォルクスワーゲンを2台乗ってきたこと、まだ若いサラリーマンでお金に余裕はなさそうなこと、ある程度の修理や整備は自分でしたがることなどを理解してくださったように思う。


これはきっと筆者のみならず、すべてのお客さんとそんなコミュニケーションをして、整備のプランの提案をしたり、セッティングを決めたりしていたのだろう。


筆者にはそのようなアイディアはなかったが「筑波サーキットをXX秒で走れる足まわりにして欲しい」といった注文をするお客さんの要望があったとして、オーナーのそれまでの車歴や性格、フトコロ具合なども勘案した上でプランを提案をしていたのだろうと想像できる。


ほどなくして、問題だった4番も加藤さんによって起こされ、無事、日本での車検を取得し、公道を走れるクルマとなった。ネットの向こうでバーチャルだったポルシェ911が、目の前でリアルなクルマになったときのヨロコビは今でも記憶に残っている。


■ブレーキ周りの交換の後で



それから3年、2回目の車検のときに加藤さんからとある提案があった。それは足周りの移植だ。ちょっと説明が長くなって恐縮だが、お付き合いいただければと思う。


1965年〜1966年の911のブレーキのロータは「ソリッド」といって1枚の板だが、1967年以降は2枚の板を合わせてできており、板と板のあいだにいくつかの空洞が出来るよう作られている。この空洞によってローターの冷却効果を高めているわけだ。そしてこのローターは1989年式まで共通のサイズだ。


ローターの厚みが1枚ものとは異なり、その結果ブレーキキャリパーも違う。ブレーキ整備では、このキャリパーのオーバーホールキットも必要となるが、たった2年間しか採用されなかったこのサイズのキットは当時から品薄で、いつ入手できなくなるかもしれないという不安すらあった(その後、供給されるようになったらしい)。


車検整備のたびに品薄のキャリパーキットを探して苦労するより、1967年以降のローター/キャリパーに交換して部品供給の不安を解消することと、カナダの融雪剤で傷んだアーム類も全部交換して安全面の不安も解消、そして古い911の弱点でもあるフロントのAアームの付け根もある程度の補修もしてしまおうという提案だった。


筆者としてもうれしい提案ではあったものの、費用が心配だと正直にお伝えしたところ、加藤さんは「大丈夫、ちょうど中古部品があるし、びっくりしない金額に納めるから」と仰った。


筆者が年式に合った純正部品にはそれほどこだわりはない。さらに安全かつリーズナブルな整備であれば、年式違いのパーツを採用することに抵抗が少ないと、加藤さんにはそれまでのコミュニケーションでご理解いただいていたように思う。


数週間後、クルマを受け取りに行った際「200km/hからでも吸い付くように真っ直ぐ止まれるから」と太鼓判をいただいて帰路についた。しかし、工場からすぐ近くにあった筆者の自宅に着くまでの間で、段差を通る際に左リアタイヤのあたりから「ゾリっ」という異音がすることに気がついた。


安く入手していただいた中古部品に不具合があるのかも?と思ったりしたが、すぐにUターンをして再度工場に戻り異音を伝えた。加藤さんはしゃがんで左リアタイヤの周りを覗き込み、フェンダーをさすったりしていた。


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■神の手による・・・



加藤さんの手が止まり、ポケットからタバコを取り出し、火をつけて、ゆっくりとしたいつもの口調で話しはじめた。


「新しい年式の脚周りに交換して、すこーしトレッドが拡がったんだよ。トーインも調整したし、ちょうどかわして大丈夫かと思ったけど、ほら、こっち側(左リア)だけ、フェンダーの内側にちょっとだけタイヤが擦っちゃうんだね」


あー、なるほど、フェンダーの内側に黒いゴムの跡がついてますね。


「さて筆者さん、これをかわそうと思ったら、フェンダーをちょっと叩いて、なんならきれいに塗装もして、ってことになるんだけどさ。これだけあちこち錆びてるフェンダーをどこまでキレイにするかって問題があるのと、ほら、びっくりしない金額に収めるって約束もしたしさ」


そうですそうです。高いと困ります。


「なので、これでこのあたりをガーとやっちゃう作戦でいこうかと」


は、はい、お願いしますっ。


というわけで、加藤さん自らとある工具によってフェンダーの内側はタイヤと干渉することのないように加工されたのであった。


まさに神の手によるワザ・・・。ちなみに、このときの脚周り交換時の費用は車検と合わせて二桁万円の真ん中らへんだった。逆に安過ぎてびっくりしたほどだった(時効)。


■「神様」とは?



気難しかったとかおっかなかったとかいわれがちな人だったようだが、筆者はそういう印象はまったく持てなかった。いつも話をしつつクルマを持ち込んだお客さんの希望について手の届く範囲で最高の提案をしてくれる人だったと思った。


以前からも書いている通り、整備工場に「いい」「悪い」があるわけでななく、「合う」「合わない」があるだけだ。


筆者はたまたま加藤さんの工場は「合った」だけで中には合わなかった人もいただけなんだろうと思ったりした。


加藤さんはポルシェに詳しいだけでなく、きっと人間にも詳しかったからこそ「ポルシェの神様」と呼ばれたんだと思う。


神様がこの世を去ってから15年以上の歳月が流れた。


「古いポルシェ911は軒並み高騰して、間もなくハイブリッドモデルがデビューするみたいですよ。そのうちEVになってしまうかも」


天国からどのような想いで変わりゆくポルシェを、ポルシェ911のことを眺めていらっしゃるのか?願わくばその声を聴いてみたいものだ。


[ライター・撮影/ryoshr]

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