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コラム

更新2020.08.24

エンスーだった伊丹十三、「女たちよ!」でルノー16のシートを超ホメる。

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まつばらあつし

1997年に没した伊丹十三さんは、若い頃は映画俳優・デザイナー・エッセイストとして名をはせ、その後映画「お葬式」のメガホンをとってからは映画監督として名高いが、海外の映画に出ていた昭和40年代の若かりし頃、その海外経験をベースとしたエッセイ集「ヨーロッパ退屈日記」と、その続編とも言うべき「女たちよ!」で、様々なうんちくを書き連ねており、それらを読むと伊丹十三さんは、出演した映画のギャラをつぎ込んでロータス・エランを買ったりする、今で言う「エンスー」の部類だったと言うことが解る。

さて、その伊丹十三さんのエッセイ集「女たちよ!」の中の「勇気」と題された一文のなかで、伊丹さんはルノー16のシートについて「いかに素晴らしいか」をこう語っている。ちょっと長いが引用してみよう。

伊丹十三、ルノー16のシートを超ホメる。

「試みにルノー16の運転席に、あなた腰掛けてごらんなさい。躰がスポリと座席に吸い取られる具合というのが、これはすごい。普通、私たちが座り心地がいいという場合、これは不愉快な要素がほとんどない、というほどの、いわば消極的な意味ですね。ところがルノー16のシートというのはそうじゃない。かけ心地のいいということが、もっともっと積極的な快感を形成している。すなわちこのシートに身を沈めるのが既に独立して気持ちのいいことなんだな。」(新潮文庫「女たちよ!」伊丹十三著より)

もうなんかベタ褒めである。このエッセイが書かれたのは昭和43年。西暦で言えば1968年のこと。ルノー16は1965年から1980年まで生産されているので、伊丹さんがシートを褒めていたのはその初期モデル、ということになるだろうか。正直言って外見は少々野暮ったいイメージで、まさに実用車!と言う感じのルノー16ではあるが、こう書かれてしまっては、いつかそのシートに座ってみたいと思わずにいられないではないか。


ボクが以前所有してたシトロエンBXのシートも、単にウレタンをザックリ切ったような外観ながら、それ以前&それ以後に経験したいかなるクルマのシートよりも素晴らしく疲れない、腰の入った素敵なヤツだと思っているのだが、そのBXよりもすばらしいシートを持っているといわれるルノー16に、ただの大衆車であっても憧れの念さえ抱いてしまう。フランスのクルマというのは、古くから使うひとが直接触れる部分にチカラを注いでいるのだろう。ソコにお金をかけるのか!という国民性の違いなんだろうな、と。

伊丹十三、ルノー16のシートを超ホメる。

「女たちよ!」「ヨーロッパ退屈日記」には、当時伊丹十三さんが共演したピーター・オトゥールやチャールトン・ヘストンなど映画スターの裏話や、もちろんクルマや食べ物の話が満載。正直言えば30代半ばの若造だった伊丹十三がずいぶんとエラそうなことを書いているな、という感じもするが、そのつけ上がったというか、生意気な感じが実に小気味良い。機会があればご一読をおすすめする。

いずれにせよ、死ぬまでにはルノー16のシートに腰をかけ(可能であればハンドルを握り、少しだけドライブ)て、これがイタミジュウゾウの言っていた「積極的な快感」というものか、と、味わってみたいと思っている。

「女たちよ!」伊丹十三 著 新潮社文庫
http://www.shinchosha.co.jp/book/116732/

[ライター/まつばらあつし]

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