コラム
更新2019.01.23
事故の後も苦難の連続。クラシックカーの保険金の支払いが決定するまでの経緯とは
鈴木 修一郎
年々厳しくなる保険金支払い
保険会社も商売ですから、保険料金はしっかり集めて、なるべく保険金の支払いは少なくしたいというのが人情です。そのため金額の大きな修理になるとその算定方法や給付をめぐって時には裁判沙汰になり、保険金を受け取るのに弁護士まで立てて何年かかったという話もあります。ここ最近は水害や地震などの激甚災害が続き、災害保険の給付が保険会の経営を圧迫しているという話もあり、ますます保険金の支払いは厳しくなる一方。
たとえば、昔は電装品のハーネスは、カプラーの一部が破損した時点でハーネス総交換だったのですが、それを認めてしまうと灯火器類周りのみの破損でもハーネス交換の全バラ修理になってしまうため、保険金の支払いが青天井になってしまう事から、保険会社の要請でカプラー部分の交換部品が供給されるようになったとのことです。
修理費用の概算が出せないから修理費用が補償出来ない!?
通常保険の修理の場合、まずアジャスターと呼ばれる補償金額を算定するスタッフが現車を確認する、というのはご存知の方も多いと思います。破損部分を査定し、修理に必要な補修部品と工賃を割り出し、メーカー発行の部品カタログから必要な部品の標準価格と日本自動車整備振興会連合会の自動車整備標準作業点数表から割り出した交換工賃を合計し最終的な補償金が出ます。たとえば、バンパーとバンパーに組み込まれたコンビネーションライトを破損したクルマの場合、
「バンパーカバーの価格+バンパーリテーナーの価格+クリップ類の価格+コンビネーションライトユニットの価格+交換工賃」
が、保険金として修理工場に支払われます。
ところが、筆者のセリカLBは大半の部品が最低でも20年以上前に製造廃止となったクルマ。正規の価格で手に入る部品など皆無です。ゴミとしてタダ同然で手に入る事もあれば、当時の定価の何倍もの金額で流通している物もあります。アジャスターからすればいくら180万円で契約しているといえども、必用な部品の標準価格が無くなってしまっている以上、算定不可としか言いようがありません。
本来保険では時価評価は適用されない
修理をお願いした整備工場の社長も「『概算を出せ』と言われても、俺たちの業界でも昔のクルマの修理に標準価格なんてないから出しようがない」と困惑するばかり、たまたまお客さん用にストックしている部品の販売価格を提示しても、アジャスターからは「それはお宅の言い値なので査定の対象にならない」と断られ、下手に過去の実績やオークションの金額から算定した金額を提出して認められたとしても、その金額で納まるとは限りません、修理工場も保険会社も、もはや八方ふさがりです。
この際の一番の落とし所は「全損扱い」にしてもらい、一旦「全損」となった車両と引き換えに保険金を全額受け取り、実際は保険金からおおむね10~15万円差し引いた金額(この場脚150万円前後)を受け取り、車両を手元に残すという形で補償して貰うという事なのですが、そう上手くはいきません。
全壊で見るからに全損というならまだしも、フレームは修正が必要なものの破損しているのは右側面だけ、部品の手に入る高年式車なら100万円もいかない修理でしょう。「修理費用が確実に補償金額を上回る事」が証明されない以上、保険会社も迂闊に全損などとは言えません。
▲サポートブレーキ車の場合、センサーを破損すると思った以上に修理費用がかさむことも…
ちなみに現行車では事故の程度に関係なくエアバッグが作動したら全損と言われています。これはエアバッグが作動するとエアバッグの装置だけでなく、付随するセンサー類を全て交換する必要があり、そのためには車両を全バラ修理となり交換工賃で車両の残存価値(=補償金額)を確実に上回るからです。また最近はレーンキープやサポートブレーキでレーダーやカメラが付いているクルマの場合、見た目の破損はバンパーがへこんだくらいでもレーダーやカメラを直撃していた場合、修理費用が見た目以上にかさむと言ったこともあるようです。
▲フレーム修正こそ要しますか、メンバーが折曲がるまではいたっていないため全損判定かというと…
何もできない中での部品探し
本来は何もできないのですが、どうにかできる範囲内で部品を探します。皮肉なもので、以前記事にした「レストアパーツ.com」(https://www.restore-parts.com/)が実はこの事故の3日後の取材で、まさしくその時一番頼りたい業者さんでもありました。フロントグリルやヘッドライトのリム等、お小遣い程度で買える部品から自費で購入し、ネットオークションはもちろん、自分のツテのあるクラシックカーの部品を扱っている専門店には片っ端からセリカの部品は無いか聞いて回りました。
▲じつは井上社長は取材対象であると同時に、一番すがりたい人でもありました
一方、セリカを預けてある整備工場はというと、保険金が降りるまでどうする事も出来ず、急な修理のため、整備車両でいっぱいのヤードに降ろすこともできずキャリアカーの荷台に載せたまま野ざらしとなんともいたたまれない物がありました。
捨てる神あれば拾う神ありまさかの満額回答
結局アジャスターが来て以降はまったく連絡が無く、一方こういったパターンの車両保険の支払いには1年以上かかるという話も耳にし、不安が募るばかりでした。一方整備工場側も算定の基準になるものが無い中過去の修理実績や稀に存在するリプロ品、ネットオークションや各クラシックカー専門店での市場価格をもとに概算を作成、どうにか全損扱いにして支払われる上限金額から修復できる道を模索していたところ、事故から一カ月ほど経った頃保険会社から予想以上の朗報が届きました。実は保険会社からまったく連絡の無かった一カ月の間筆者のセリカの保険をどう扱うか社内で稟議していたようで、結果として全損扱いになったのですが
・時価数百万円の値が付くこともある希少なクラシックカーである
・所有者(筆者)は売却せず修理して乗り続ける意思がある
という事が認められ、全損判定のクルマを直す場合、本来は保険会社が引き上げた車体を買取るという形で補償金額から10万円くらい引いた金額が支払われるのですが、今回は保険会社から一旦、車体を買取るというのは無しで、修復費用として満額の160万円が支払われるというこちらの予想をはるかに上回る回答でした。
日本の保険会社ではクラシックカーの価値など認識していないだろうとヒネた見方をしていたため良い意味での想定外の対応にただただ驚くばかりと、尽力してくれた保険会社や代理店の営業担当者への感謝の念に絶えない思いでした。
とくに筆者が保険をお願いしている代理店は愛知トヨタ系のGRガレージ、やはりGAZOORACING関連の販売店とあってセールスマンもクルマをただの商品としてしか見ていないということは無く、店内でも自社の工場でレストアしたトヨペットクラウンやトヨタ2000GTを展示したり、そして筆者の1973年型セリカLB2000GTに、市場価値に相応の車両保険を付けて欲しいという無理な頼みも聞いてくれた上に、どうにかしてあのセリカを直したいと、今まで遭遇したことが無いであろう「昔のクルマの車両保険」に取り組んでくれたりと、いよいよ国産自動車メーカー各社が自社のクラシックカーの保護に動いているというのを感じさせるものがありました。
もしかしたら、この数か月前、倒木の下敷きになったトヨタ2000GTが修復を断念したというニュースがあり、愛知トヨタ側にも「これ以上自社のヘリテイジモデルの廃車を出してはならない」という危機感のような物もあったのかもしれません。
次回は保険金が支払われてからの部品探しと修復に至るまでについても書こうと思います。
[ライター・カメラ/鈴木 修一郎]