ライフスタイル
更新2017.10.15
さよならBMW i3。売却後、あらためてこのクルマがつくられた意図を考えてみた
JUN MASUDA
今回からカレントライフにて連載を担当することになりました「JUN MASUDA」です。
「はじめまして」以外の方もいらっしゃるかもしれず・・・、というのも、私は「Life in the FAST LANE.(http://intensive911.com/)」というブログを公開しているからです。
そちらでは「特定車種や、特定カテゴリにおける自動車関連のニュース」を主としていますが、カレントライフでは、(文体を含め)ややスタンスを変えて「特定」という枠から離れ、より広い範囲で“クルマというもの”を捉えてみたい、と思います。具体的には・・・
『クルマのある生活、クルマの他の楽しみ方、クルマのメンテナンスや修理、クルマの買い方、クルマと環境』
そういったテーマについて考え、述べてゆく予定です。私の記事を読んでいただいた方に(自分のものであろうとも、そうでなくても)クルマに対してより多くの愛着や愛情を持てるようになっていただれば、これに勝る喜びはありません。
クルマは金属やガラス、プラスチックといった無機質の集合体ではあるものの、私にとってそれは単なる機械ではなく「心や生活を豊かにしてくれるもの」だと信じていますし、少しでも同じように感じてくれる方が増えれば、クルマ社会もより楽しいものへ変わってゆくかもしれません。
既に「Life in the FAST LANE.」をご覧いただいている方はご存知かもしれませんが、現在の所有車はランボルギーニ・ウラカン、アウディTTです。それでは、どうぞよろしくお願いいたします。
そもそもBMW i3とはどういった車なのか
さて、イキナリだが所有していたBMW i3を売却した。
多くのクルマ好きの方がごぞんじのとおり、BMW i3は電気自動車である。ボクは2015年4月にこのクルマを新車で購入し、606万円を支払った。
今回は、「なぜ売ったか」ではなく、「なぜ買ったか」について述べてみたいと思う。
ボクにとっては、「売却した理由」よりも「購入した理由」のほうが重要だからだ。
BMW i3(以下、i3)は、BMWのサブブランドである「BMW i」から発売されている電気自動車(EV)で、BMWの考えた次世代モビリティといっていい。
本国での発売は2013年11月、日本市場への投入は2014年4月となっているが、BMWはこの「BMW i」の展開にあたり、じつに入念な準備を行った。
現在のBMW iのイメージリーダーは「i8」だが、これは2009年に発表された「ビジョン・エフィシエント・ダイナミクス」がそのルーツとなっている。
BMWは、2012年に公開されたトム・クルーズ主演の映画「ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル」の劇用車としてこのビジョン・エフィシエント・ダイナミクスを登場させ、「BMW i」への期待感をMAXまで高めた。
▲BMW i3のキー。ほかBMWとは異なる形状を持っている
その後、2013年にビジョン・エフィシエント・ダイナミクスを「BMW i8」として実際に発売した。このi8と時をほぼ同じくして発表されたのがi3である。このi3には「BMW i」ブランドのボトムを担う、という役割が与えられている。
ただし、ボトムとは言ってもそこへのコストの掛けかたはハンパではなく、そもそもi3は「都市生活者のためのコミューター」であるにもかかわらず、スーパーカー顔負けの「カーボン製パッセンジャーセル(モノコックフレーム)」を持つ。
BMWはなにを考えてBMW i3をつくったのだろう?
このカーボン製モノコックフレームの製造にあたっては、まず日本で製造されたカーボンファイバーの「原料」をアメリカ・ワシントン州にある工場へ輸送してカーボンファイバーへと加工し、その後さらにドイツの工場へとそのカーボンファイバーを運んで「モノコックフレーム」へと成型している。
その後、BMWの工場にて「自動車」へと組み立てられることになる。しかしi3は、BMWの既存車種との共通性がまったくといっていいほど無い。
おまけにi3を組み立てるライプツィヒ工場には風力発電装置がずらりと並び、クリーン・エネルギーによって生産しているというから、その「BMW i」の特別扱いぶりには驚かされる。
BMWがわざわざ、このような手間がかかる方法を選択したのはなぜだろう。
それはBMWが「将来を考えた」ためで、これだけの面倒を要しても、新しく工場を建設することになろうとも、これが「BMWの未来へ繋がる」と信じていたからだろう、とボクは考えている。
つまりは何から何までがBMWにとって新しいチャレンジであり、「あとには引けない」方法を自ら選択したことになる。
BMWは「BMW i」をスタートさせる際に「サステイナビリティ(持続可能性)」を掲げているが、「これから先」に何が持続可能かを考えた時、「これまで」と同じ方法ではダメだ、という結論に至ったのだろう。
BMWは数十年もしかすると数百年先の未来を想像し、その未来では何が要求されるのかを推測し、そのためには「今なにをすべきか」を考え、行動に移したのかもしれない。
▲BMW i3のサイドシル。ルーフ同様、カーボン繊維が見えるようになっている
当時、電気自動車は(今でもそうだが)黎明期と言ってよく、各自動車メーカーともその可能性を感じていながらも、投資には二の足を踏んでいた。
そのためいくつかのメーカーは、既存車種のコンポーネントを可能な限り流用した電気自動車をつくり、発売している。
BMWが「まったくのゼロから、多大なコストをかけて」電気自動車をはじめたのに対し、ほか多くのメーカーは「コストを掛けずに」電気自動車をつくろうとした、とも言い換えることができるかもしれない。
しかしながら、ここで他メーカーの行動を責めることはできない。
なぜなら電気自動車は上述の通り「発展途上」の乗り物で、将来的にどういった技術的ブレイクスルーがあるかわからない。
そういった状況で、わざわざ専用の工場を建設するということは大いなるリスクともいえるし、企業の経営上、必ずしも「正しい」とはいいきれない。
素材にしても、バッテリー技術にしても、モーターにしても、まだまだ発展の可能性を秘めている。
この状況において、企業として安全なのは「様子見」であって、なんらかの電気自動車に関する方向性が見えてきた時点で、改めて意思決定を行えばいい。
この不透明な状況の中で大きな設備投資を行ってしまうと、そのあとの「方向転換」ができなくなるか、もしくは難しくなるだろう。
だが、BMWは違った。
他のメーカーが「手探り」で進みながら、さらにはどこへ行こうかと方向性すら決めかねている中、最初から「ゴール」を決めていた。
そしてその「ゴール」へ到達するためにはどういった戦略をとるべきか?を明確に把握していたように思える。
多くのメーカーが電気自動車を「エコな乗り物で」、「何かを犠牲にしなくてはならない、もしくは我慢しなくてはならない」乗り物だと捉えていたのに対し、BMWは「ガジェット好き」をターゲットに定めたのだろう。
電気自動車は新しい技術の集合体であり、そして新しい技術は「元が取れていない」段階では往々にして価格が高止まりしている。
電気自動車では「バッテリー」がこれに該当するが、電気自動車の価格における2/3をバッテリーが占めるとも言われる状態では、どうやっても電気自動車を「安くつくる」ことはできない。
そこに含まれるバッテリーのコストを削減する(イコール容量を減らす)のは「充電一回あたりの走行可能距離が少なくなってしまう」ということであり、つまり実用性の低い乗り物になってしまうからだ。
果たして、だれが「安くても、走行可能距離が短い」、「いつもバッテリー残量を気にしなくてはならない」乗り物を買うだろうか?
▲BMW i3の全景。ホイールは19インチサイズ(オプションで20インチも選べる)と大きい
なぜBMW i3を買ったのか
そこでおそらくBMWはこう考えたはずだ。
「どうやっても電気自動車が高い乗り物になるのであれば、高いなりに満足感が得られるクルマにしよう」、と。
そこで採用したのが「カーボン製パッセンジャーセル」であり、視覚的に先進性を感じられる「デザイン」であり、ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコルに登場したビジョン・エフィシエント・ダイナミクスにも見られた「近未来感」や「ステータス性」だったのだとボクは考えている。
電気自動車とは「節約のために乗る」ものではなく、従来の内燃機関をもつ自動車の下位互換でもなく自動車の未来そのものであり、その「未来」を選択する行為こそがカッコイイ、ということをBMWは消費者に示したかったんじゃないか、と思う。
そもそも、ランニングコストの節約のために高いお金を出して電気自動車を購入するのは本末転倒でもあり、そこでBMWはエコな乗り物としてではなく、「高くても買ってもらえる、未来の乗り物」として「BMW i」を世に送り出したのであろう、ということだ。
▲BMW i3は観音開きドアを採用する。フロアもフラットで、運転席側のドアを開くことができなければ、助手席側からでも簡単に乗り降りができる
では、その結果はどうだったのか?
本国ドイツではそこそこのセールスを保っているようだが、欧州全体、世界全体で見るとあまり好調とは言えないようだ。
電気自動車の販売台数ランキングを見ると、テスラ(モデルS/モデルX)が強いのは当然として、ルノーZoe、日産リーフにも遅れを取っているようにも見える。
この現状を見るに「BMWが当初思い描いたであろう構想=高い費用を支払ってでも未来を買う」というものは多くの人には受け入れられなかったようだ。
ただしボクのようなガジェット好きには見事に“刺さった”。
実際のところ、ボク自身「電気自動車が欲しかった」わけではなく、「i3に乗りたかった」のが、このクルマにに大枚をはたいた理由だ。
SNSなどを見るかぎり、i3オーナーの多くは購入時に、ほかの電気自動車と競合すること無く指名買いしているケースがみられる点からも、同じように考えたのはボクだけではないと思われる。
▲BMW i3のホイール。もともとはシルバー(切削加工)とブラックとのコンビカラーだが、ボクは自分の好みに合わせ、ブラックとブルーに塗り分けていた。
つまり、ボクは「BMWのチャレンジ」に対して対価を支払った、といってもいい。
将来のためにあえて難しい方法を選択したBMWの決定や、妥協のない生産方法、革新的なデザインやインターフェース。
ぼくはそこに「未来」を見出し、その未来を自分のものとして体験するためにi3を購入した、ということになる。
今後「BMW i」ブランドがどうなるのかはわからないが、ほかメーカーとは異なる考え方をもって、大いなる挑戦を行ったBMWにたいし、ボクはエールを贈りたいと思う。
[ライター・撮影/JUN MASUDA]