ドイツ現地レポ
更新2020.12.10
急速に進むドイツの自動車業界のEVシフト。キーワードは「EVブランド」と「E-Fuel」
守屋 健
一方で、ドイツの自動車業界としては非常に激動の2020年だったと言えるでしょう。ドイツの主要メーカーは新車販売においてEVにシフトする動きを加速させながら、「E-Fuel」という次期代替燃料についての開発を本格化させています。今回のドイツ現地レポでは、EV化が加速するドイツから現在のシフトへの状況についてレポートしていきたいと思います。
■ドイツ国内における充電施設は、この1年間で約8,000→24,000箇所に拡大
ドイツの主要メーカーは、すでに多くのメーカーでEVやプラグインハイブリッド(PHEV)のラインナップを抱えるほか、それら専門のブランドを社内に立ち上げ、その宣伝を盛んに行っています。街中で見かけるデジタルサイネージやポスター、YouTubeやテレビの広告でガソリンエンジン車が登場することはほとんどなくなり、EV化について自社がどれだけ注力しているか、を中心に伝える内容に変わってきています。このあたりは、以前から環境問題への関心が高いドイツならではの展開とも言えるでしょう。
また、EV用の充電インフラも急速に整いつつあります。ドイツ国内において、1年前には約8,000箇所だった充電施設は現在は24,000箇所まで拡大。2022年までに、さらに50,000箇所が新設される計画となっています。現在は地元の電気会社が直接経営しているため、約300もの料金プランや支払い用のアプリが乱立している点が問題となっていますが、政府主導でこれらも徐々に改善されていく見込みです。
■EVブランドの確立に動く、ドイツの主要メーカーたち
メーカー別に具体例を挙げていきましょう。メルセデス・ベンツはEVのための新ブランド「EQ」を立ち上げ、今後ラインナップの拡充を図っていく考えを示しています。また、PHEVには「EQ Power」の名前を冠して、まだEVの航続距離やインフラ整備に関して不安が残るユーザーに対し「高効率で低燃費、現状のインフラを活用可能」できることをアピールしています。これに加えて、傘下のスマートに関してはガソリンエンジン車のラインナップを全廃。EVである「スマートEQ」シリーズの販売がすでに始まっています。
BMWは、PHEVに関してはモデル名末尾に「e」を加えることでアピール。フラッグシップPHEVスポーツカー・i8は2020年4月に生産終了となってしまいましたが、6年間に2万台以上を売り上げ、BMW自身「i8はブランドの歴史上もっとも成功したスポーツカー」と発表しています。EVのサブブランドであるiシリーズは今後も拡大予定で、現行の「i3」、そして新たに「iX3」が加わったばかりです。
VWはEVブランドである「ID」のラインナップ拡充に躍起になっています。VWの伝統とも言えるオーソドックスな2ボックススタイルを備えたID. 3はすでに販売を開始。2020年9月にはブランド第2弾であるID. 4を発表しました。こちらは現在世界中で流行しているコンパクトSUVスタイルのEVとなっていて、VWのこのクルマにかける意欲は非常に高く、広告を見かけない日はないほどです。今後も、専用のプラットフォーム「MEB(モジュラー・エレクトリックドライブ・マトリックス)」を採用したクルマが多数登場してくるでしょう。
■「E-Fuel」の研究開発に意欲を見せるアウディとポルシェ
上記メーカーと異なった動きを見せているのが、アウディとポルシェです。
アウディは「e-tron」の名を冠したEVをいち早く導入してきたメーカーであり、現在4車種をラインナップ。PHEVモデルも多数用意していますが、アウディは最近になって「E-Fuel」への開発に大きな意欲を見せ、研究費に多くの予算を投入しています。アウディは現状、EVに一本化するのはリスクが大きいと考えているのかもしれません。
「E-Fuel」は二酸化炭素と水素からなる液体の合成燃料で、さらに再生可能エネルギーで発電した電気を使って生成されたもの、という但し書きが付きます。「E-Fuel」の頭文字はドイツ語「Erneuerbarer Strom(再生可能な電力)」から取られていて、それにより二酸化炭素の排出と吸収をイコールにする、つまり「カーボンニュートラル」を実現しようというものです。
この「E-Fuel」の開発に、アウディはドイツ国内のメーカーで最も早くから取り組んできました。「E-Fuel」の利点は3点あります。
・ガソリン燃料やディーゼル燃料に混ぜても使用可能、二酸化炭素の排出量を軽減できる
・貯蔵・運搬コストが低い
・現在存在する車両、ガソリンスタンド、タンクローリーなどの運搬車両がそのまま使える
特に、現状存在するインフラをそのまま使えることは、コロナで大打撃を受けているドイツ社会においてかなりありがたいことと言えるでしょう。欠点としては、製造プロセスが複雑でリッターあたりの価格が現状非常に高いこと、もともと電気料金が高いドイツで生産するのは不利なこと、そもそものエネルギー変換効率が低いこと、などが挙げられています。
そんななか、さらに一歩進んだ動きを見せたのが、同グループに属するポルシェです。ポルシェは先日待望のEV「タイカン」を発表したり、フォーミュラEへ参戦したりするなど、EVシフトへの意欲を感じさせていましたが、同社の今まで残してきた「遺産」をこれからも生かしたいという思いもあったのでしょう。
ポルシェはドイツの大手テクノロジー企業ジーメンスやイタリアの電力会社エネル、そしてチリのエネルギー製造会社、国営石油会社との「E-Fuel」生産共同プロジェクトに参加。チリの風力発電を利用して、2026年までに5億5000万リットルの生産量を確保する計画を打ち出しています。電気料金が高いドイツでの「E-Fuel」生産は早々に諦め、各地で生産した「E-Fuel」をドイツを始めとする使用国に輸送して消費しようとする考えです。
ポルシェの「E-Fuel」計画は、結局燃料油からは離れられないと考えられている業界、つまり航空業界、船舶業界、建築や運搬などの業務用重機業界からも注目を集めています。「E-Fuel」は、今まで培ってきた化石燃料インフラを無駄にしないという点でも、工業国ドイツの「金の卵」のような存在とも言えるでしょう。また、筆者のようなクルマ好きにとっては、古いクラシックカーなどがこれからも路上で走り続けられるかもしれないと考えると、わくわくせずにはいられません。
ドイツの自動車業界は、EVと「E-Fuel」のふたつの柱で発展していくのでしょうか。非常に動きの早い昨今、これからも目が離せない状況が続きそうです。
[ライター/守屋健]