ライフスタイル
更新2020.03.25
若い世代の人から「経験ゼロでいきなりフリーランスの自動車ライターになる方法」を聞かれたら?
伊達軍曹
過日。特に原稿の注文もなく極度にヒマであったため、わたしは朝から駅前の薬局に並んでみるにした。トイレットペーパーを買いだめし、自宅押入れにしこたま貯蔵するためである。
朝5時から並べば行列の先頭に位置できるだろうと確信していたが、先着の者がいた。大学生風の男である。
わたしはわざとらしく舌打ちし、足でさりげなく砂をかける、その者に向かってげっぷをするなどして、その者を列から離脱させるため、ありとあらゆるセコい工作を行った。
だがその者は離脱する素振りをいっさい見せず、あるときこちらを振り向き、言った。
「さっきからいろいろとセコいことをしているのは、高名な自動車ライターであられる伊達軍曹先生ですよね?」
わたしは即座に否定した。
「違う。この世に『高名なる伊達軍曹先生』などという者は存在しない。いるのはこのわたし、セコい工作が得意で無名な伊達軍曹だけだ」
「ならば、本日初めて生で見たあなたの人格にがっかりするとともに、訂正しましょう。無名な伊達軍曹さん、わたしに『経験ゼロでいきなりフリーランスの自動車ライターになる方法』を教えてください。いや、教えなさい」
……いったい何を言い出すのだこの若造は。今日び、フリーの自動車ライターなどという職種は斜陽中の斜陽であり、まともな若人が目指すべきまともな職業では断じてない。ていうかそもそも、「経験ゼロでいきなりなれる」と思っていること自体が異常である。
「ええと、先ほどは砂をかけたりして申し訳ありませんでした。で、悪いことは申しませんから、そのまま大学で勉学に励んでください。そして優等な成績をたくさん取って、三菱地所とかの優良日系大企業に正社員として就職し、充実した福利厚生の恩恵を受けながら明るい家庭を築いてください」
「そうなんですか?」
「はいそうなんです。それが人としての幸せの道です。間違いありません。……ではわたくし、この後のトイレットペーパー争奪戦に備えて精神統一に入りますので、今日のところはこのへんで……」
そう言って面倒ごとから逃げようと試みたわたしだったが、大学生風の男は許してくれない。やれNAVIのスズキさん(現GQ編集長)のエッセイがどうだとか、AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)の入会基準がこうのとか、いつまでも自動車ライターになりたい系の話をやめようとしない。
これはもうある程度付き合ってやらないことには、この口数の多い男は黙らないだろうと確信したわたしは、スタンスを変え、彼に「ノウハウ」を教えてやることにした。
「では『経験ゼロでいきなりフリーランスの自動車ライターになる確実な方法』を特別に無料でお伝えしますので、できれば手帳か何かにメモってください。なければ、アイフォーンか何かに録音してください」
大学生風の男はアイフォーン11をポッケから取り出し、その録音ボタンを押した。
「自動車ライターになるのは非常にカンタンです。そこらへんで〈自動車ライター 蛇崩晃一〉とかなんとか書いた名刺を作り、どこかの編集部に行って土下座して額を床に5回ぐらい打ち付けながら、『なんでもやりますので、とにかく僕に仕事をください!小さなもので構いませんので!』とやれば、たぶんですが、ちっこいニュース原稿――プレスリリースの要約みたいなものですが――ぐらいは書かせてくれるはずです。わかりませんが、500円から1000円ぐらいの原稿料もくれるでしょう。そうすれば、あなたはもう立派な『プロの自動車ライター』です。良かったですね、おめでとうございます。では、わたしはこのへんで……」
「待ってください。1回の仕事で500円か1000円では生活できませんよね?」
「もちろんです。『自動車ライターになる』と『それでもって生活する』というのはまったく別の問題ですから。じゃ、わたしも忙しいので、今日はこのへんで……」
「……学生だからといって僕をナメるのもいい加減にしていただきたい! こう見えて僕は、ありとあらゆるニューモデルをディーラーで試乗し、そのインプレッションをSNSやnoteで発信している人間です。閲覧数も、まあそう多くはないけど、決して少なくもない。それを踏まえて、きちんとしたアドバイスをしなさい! いい大人なんだから!」
「はあはあ。それはもう大変失礼しました。して、そのインプレッション記事のご評判は?」
「悪くは……ない」
「はあはあ。であるならば、申し上げにくいのですが、キッパリとあきらめたほうがよろしいでしょう。そんなに熱心に書いてらっしゃって、ご評判が『悪くはない』程度であるならば、酷なことを言うようですが、あなたが書かれていることは『面白くない』ということです」
彼は大いにムッとしたようだったが、無視して続けた。
「ウェブ上に、たぶんですが何千個もある同種のページとほとんど同じか、せいぜい『ちょっとはマシ』ぐらいであるため、読者からすれば『わざわざ読む意味がない』ということなんです。残念ながら才能がないんですよ。あきらめましょう。そして、三菱地所に就職しましょうよ」
「三菱地所の話はもういい! っていうか僕の学校から三菱地所に行った人間はいない! ……っていうか、自動車ライターになって、普通に生活できるぐらいの稿料が稼げる方法を教えろよ。別にオレはさ、金持ちにならなくたっていいんだよ。クルマについてあれこれ考え、その考えを書くことで食っていけるならさぁ……」
さすがにめんどくさくなってきたわたしは、「本当のノウハウ」を彼に伝え、そのことによって行列と精神統一に集中しようと考えた。
「よござんす。このことは、本当なら有料noteとかで2980円ぐらいで販売したいところですが、めんどくさいので無料にてあなただけにお伝えします。……就職して、3年間ぐらいマジメに働きなさい。三菱地所じゃなくてもいいから」
「は?」
「いや、正確には就職じゃなくてもいいですよ。とにかく3年ぐらい、何らかのインダストリーにて本気で、ディープに、仕事にお励みなさい」
「そんなことをしていてはいつまでたってもフリーの自動車ライターに……」
「それがなれるんです。『急がば回れ』ですよ。今のあなたが書いてらっしゃるディーラー試乗ですか? それをベースとしたインプレ記事が読まれないのは『浅いから』なんです。過去にどこかで聞いたようなフレーズしか、そこには書かれていない」
「よ、読んでもいないくせに……。ていうか僕は、子供の頃から誰よりも熱心に自動車について学び、今現在も真摯な試乗活動をしていると自負している!」
「自動車についての単体の学びなんて、多くの人がすでにやってるんですよ。これまでに累計5000万人ぐらいの日本人がやってるんじゃないですか? 知りませんけど。でも、だからあなたの原稿は面白くない。もしかしたらまあまあぐらいは面白いのかもしれないけど、圧倒的じゃない」
「読んでもいないくせに……。それと3年間の就職経験に何の関係があるってんだよ!」
「先ほども申し上げたとおり、別に就職じゃなくてもいいのですが、まあ手っ取り早いのが就職です。例えばあなたが三菱地所の入社試験に落ちて……」
「受けようとも思ってないよ!」
「(無視して)三菱地所の代わりに、町の小さな不動産仲介業者に就職したとします。しかしそこで腐らずに、そのお店の先輩をぶち抜くぐらいの意気込みで、真剣に仕事をなさってください。すると3年後、あなたはどうなっているでしょうか?」
「……?」
「そこにいるのは『不動産仲介の現場にやたらめったら詳しい自動車ライター(志望者)』という、世にも珍しい存在です。まあ他にもそんな人がいる可能性もあるので“唯一無二”ではないかもしれませんが、かなりのレアキャラであることは間違いありません」
「…………」
「そんなレアキャラが、自身の血肉化した不動産知識と絡めて書く自動車記事は、学生さんが無料のディーラー試乗をベースに書くインプレ記事の、たぶん5億倍は面白いでしょうね。なにせ不動産の現場には人間の悲喜劇が凝縮されていますから。それをプロとして見つめてきたあなたが、その部分をクルマとうまくからめながら書いた原稿があったなら、少なくともわたしは読みたいですよ」
「そうかなぁ……」
「そうですよ。もちろん、あなたにものすごい才能があるならば、そんなまどろっこしいことはしないでいい。新卒フリーランスとしてデビューできるし、ていうか学生である今の段階ですでに商業媒体に、ギャラをもらいながら書いてることでしょう。でも、現実はそうじゃない。才能がないんですよ。わたしもそうだから、そこはよくわかります」
「才能がないというあなたは何年ぐらい、町の不動産仲介業者で働いたのですか?」
「わたしが働いていたのは不動産仲介業者ではありませんでしたが、まあフリーランスの自動車ライターではない職業は、都合20年ぐらいやりましたよ」
「そんなにですか?」
「才能がないから、仕方ないんです。ということで、そろそろいいですか? トイレットペーパーのほうに集中したいんで」
はい、わかりました、ありがとうございました、いちおう……とつぶやいて薬局の方向に向き直った青年との会話は、それで終わった。
本当のことを言ってしまい、少し後悔した。「若い芽は潰しておくべきだったか……?」と考えながら、わたしは青年の痩せた背中を見つめていた。薬局は、まだ開かない。
[ライター/伊達軍曹]
朝5時から並べば行列の先頭に位置できるだろうと確信していたが、先着の者がいた。大学生風の男である。
わたしはわざとらしく舌打ちし、足でさりげなく砂をかける、その者に向かってげっぷをするなどして、その者を列から離脱させるため、ありとあらゆるセコい工作を行った。
だがその者は離脱する素振りをいっさい見せず、あるときこちらを振り向き、言った。
「さっきからいろいろとセコいことをしているのは、高名な自動車ライターであられる伊達軍曹先生ですよね?」
わたしは即座に否定した。
「違う。この世に『高名なる伊達軍曹先生』などという者は存在しない。いるのはこのわたし、セコい工作が得意で無名な伊達軍曹だけだ」
「ならば、本日初めて生で見たあなたの人格にがっかりするとともに、訂正しましょう。無名な伊達軍曹さん、わたしに『経験ゼロでいきなりフリーランスの自動車ライターになる方法』を教えてください。いや、教えなさい」
……いったい何を言い出すのだこの若造は。今日び、フリーの自動車ライターなどという職種は斜陽中の斜陽であり、まともな若人が目指すべきまともな職業では断じてない。ていうかそもそも、「経験ゼロでいきなりなれる」と思っていること自体が異常である。
「ええと、先ほどは砂をかけたりして申し訳ありませんでした。で、悪いことは申しませんから、そのまま大学で勉学に励んでください。そして優等な成績をたくさん取って、三菱地所とかの優良日系大企業に正社員として就職し、充実した福利厚生の恩恵を受けながら明るい家庭を築いてください」
「そうなんですか?」
「はいそうなんです。それが人としての幸せの道です。間違いありません。……ではわたくし、この後のトイレットペーパー争奪戦に備えて精神統一に入りますので、今日のところはこのへんで……」
そう言って面倒ごとから逃げようと試みたわたしだったが、大学生風の男は許してくれない。やれNAVIのスズキさん(現GQ編集長)のエッセイがどうだとか、AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)の入会基準がこうのとか、いつまでも自動車ライターになりたい系の話をやめようとしない。
これはもうある程度付き合ってやらないことには、この口数の多い男は黙らないだろうと確信したわたしは、スタンスを変え、彼に「ノウハウ」を教えてやることにした。
「では『経験ゼロでいきなりフリーランスの自動車ライターになる確実な方法』を特別に無料でお伝えしますので、できれば手帳か何かにメモってください。なければ、アイフォーンか何かに録音してください」
大学生風の男はアイフォーン11をポッケから取り出し、その録音ボタンを押した。
「自動車ライターになるのは非常にカンタンです。そこらへんで〈自動車ライター 蛇崩晃一〉とかなんとか書いた名刺を作り、どこかの編集部に行って土下座して額を床に5回ぐらい打ち付けながら、『なんでもやりますので、とにかく僕に仕事をください!小さなもので構いませんので!』とやれば、たぶんですが、ちっこいニュース原稿――プレスリリースの要約みたいなものですが――ぐらいは書かせてくれるはずです。わかりませんが、500円から1000円ぐらいの原稿料もくれるでしょう。そうすれば、あなたはもう立派な『プロの自動車ライター』です。良かったですね、おめでとうございます。では、わたしはこのへんで……」
「待ってください。1回の仕事で500円か1000円では生活できませんよね?」
「もちろんです。『自動車ライターになる』と『それでもって生活する』というのはまったく別の問題ですから。じゃ、わたしも忙しいので、今日はこのへんで……」
「……学生だからといって僕をナメるのもいい加減にしていただきたい! こう見えて僕は、ありとあらゆるニューモデルをディーラーで試乗し、そのインプレッションをSNSやnoteで発信している人間です。閲覧数も、まあそう多くはないけど、決して少なくもない。それを踏まえて、きちんとしたアドバイスをしなさい! いい大人なんだから!」
「はあはあ。それはもう大変失礼しました。して、そのインプレッション記事のご評判は?」
「悪くは……ない」
「はあはあ。であるならば、申し上げにくいのですが、キッパリとあきらめたほうがよろしいでしょう。そんなに熱心に書いてらっしゃって、ご評判が『悪くはない』程度であるならば、酷なことを言うようですが、あなたが書かれていることは『面白くない』ということです」
彼は大いにムッとしたようだったが、無視して続けた。
「ウェブ上に、たぶんですが何千個もある同種のページとほとんど同じか、せいぜい『ちょっとはマシ』ぐらいであるため、読者からすれば『わざわざ読む意味がない』ということなんです。残念ながら才能がないんですよ。あきらめましょう。そして、三菱地所に就職しましょうよ」
「三菱地所の話はもういい! っていうか僕の学校から三菱地所に行った人間はいない! ……っていうか、自動車ライターになって、普通に生活できるぐらいの稿料が稼げる方法を教えろよ。別にオレはさ、金持ちにならなくたっていいんだよ。クルマについてあれこれ考え、その考えを書くことで食っていけるならさぁ……」
さすがにめんどくさくなってきたわたしは、「本当のノウハウ」を彼に伝え、そのことによって行列と精神統一に集中しようと考えた。
「よござんす。このことは、本当なら有料noteとかで2980円ぐらいで販売したいところですが、めんどくさいので無料にてあなただけにお伝えします。……就職して、3年間ぐらいマジメに働きなさい。三菱地所じゃなくてもいいから」
「は?」
「いや、正確には就職じゃなくてもいいですよ。とにかく3年ぐらい、何らかのインダストリーにて本気で、ディープに、仕事にお励みなさい」
「そんなことをしていてはいつまでたってもフリーの自動車ライターに……」
「それがなれるんです。『急がば回れ』ですよ。今のあなたが書いてらっしゃるディーラー試乗ですか? それをベースとしたインプレ記事が読まれないのは『浅いから』なんです。過去にどこかで聞いたようなフレーズしか、そこには書かれていない」
「よ、読んでもいないくせに……。ていうか僕は、子供の頃から誰よりも熱心に自動車について学び、今現在も真摯な試乗活動をしていると自負している!」
「自動車についての単体の学びなんて、多くの人がすでにやってるんですよ。これまでに累計5000万人ぐらいの日本人がやってるんじゃないですか? 知りませんけど。でも、だからあなたの原稿は面白くない。もしかしたらまあまあぐらいは面白いのかもしれないけど、圧倒的じゃない」
「読んでもいないくせに……。それと3年間の就職経験に何の関係があるってんだよ!」
「先ほども申し上げたとおり、別に就職じゃなくてもいいのですが、まあ手っ取り早いのが就職です。例えばあなたが三菱地所の入社試験に落ちて……」
「受けようとも思ってないよ!」
「(無視して)三菱地所の代わりに、町の小さな不動産仲介業者に就職したとします。しかしそこで腐らずに、そのお店の先輩をぶち抜くぐらいの意気込みで、真剣に仕事をなさってください。すると3年後、あなたはどうなっているでしょうか?」
「……?」
「そこにいるのは『不動産仲介の現場にやたらめったら詳しい自動車ライター(志望者)』という、世にも珍しい存在です。まあ他にもそんな人がいる可能性もあるので“唯一無二”ではないかもしれませんが、かなりのレアキャラであることは間違いありません」
「…………」
「そんなレアキャラが、自身の血肉化した不動産知識と絡めて書く自動車記事は、学生さんが無料のディーラー試乗をベースに書くインプレ記事の、たぶん5億倍は面白いでしょうね。なにせ不動産の現場には人間の悲喜劇が凝縮されていますから。それをプロとして見つめてきたあなたが、その部分をクルマとうまくからめながら書いた原稿があったなら、少なくともわたしは読みたいですよ」
「そうかなぁ……」
「そうですよ。もちろん、あなたにものすごい才能があるならば、そんなまどろっこしいことはしないでいい。新卒フリーランスとしてデビューできるし、ていうか学生である今の段階ですでに商業媒体に、ギャラをもらいながら書いてることでしょう。でも、現実はそうじゃない。才能がないんですよ。わたしもそうだから、そこはよくわかります」
「才能がないというあなたは何年ぐらい、町の不動産仲介業者で働いたのですか?」
「わたしが働いていたのは不動産仲介業者ではありませんでしたが、まあフリーランスの自動車ライターではない職業は、都合20年ぐらいやりましたよ」
「そんなにですか?」
「才能がないから、仕方ないんです。ということで、そろそろいいですか? トイレットペーパーのほうに集中したいんで」
はい、わかりました、ありがとうございました、いちおう……とつぶやいて薬局の方向に向き直った青年との会話は、それで終わった。
本当のことを言ってしまい、少し後悔した。「若い芽は潰しておくべきだったか……?」と考えながら、わたしは青年の痩せた背中を見つめていた。薬局は、まだ開かない。
[ライター/伊達軍曹]