更新2022.07.14
激動の6月!eフューエルは2035年以降も使用可能なのか?ドイツ現地からレポート
守屋 健
ドイツの各メーカーの中でも、特にポルシェが力を入れて進めていたeフューエルの研究と生産。しかし、これまでの苦労も水の泡、2035年からはすべての乗用車・バンのような軽商用車は内燃機関を搭載できない……という決定が2022年6月8日に欧州議会で下されていました。
以前のドイツ現地レポで「これは完全な決定ではなく、話し合いはこれからも続く」と締めましたが、この話し合いのペース、筆者の想像よりもかなり早いようです。6月28日に行われたEUの環境相たちによる閣僚理事会で「eフューエルの利用は完全に禁止にはならず、限定的に可能になるかもしれない」という見方が示されたのです。
世界に衝撃をもたらした6月8日の「2035年以降、EUでは内燃機関車の販売を実質禁止」という欧州議会の決定以降、いったいどんな流れがあったのでしょうか。今回のドイツ現地レポは、いまだ揺れ動くEUのeフューエル事情についてお伝えします。
■CO2排出基準を厳格化する規則案、その内容とは?
まずは6月8日に欧州議会の本会議で決定された内容をおさらいしましょう。この日、乗用車と小型商用車(バン)のCO2排出基準を厳格化する規則案が賛成多数で可決されました。
規則案の根拠となっているのは「Fit for 55」と呼ばれる政策パッケージで、他にも複数の法案が含まれており、同様にこの日の本会議で可決されています。「Fit for 55」の目標は「2030年までに欧州連合(EU)域内の温室効果ガス排出量を1990年比で55%削減する」ことです。
乗用車とバンの排出基準に関する規則案の具体的な内容は、2030年までに新車のCO2排出量を2021年比で55%削減し、2035年までに100%の削減を実現するというもの。この規則案通りに進めば、2035年以降ハイブリッド車も含めて内燃機関車は一切の販売ができなくなります。
■ドイツの自動車業界は強く反発
この規則案に対しては、特に自動車業界内から大きな反発がありました。充電インフラの大規模な整備が不可欠なことや、ハイブリッド車の販売すらできなくなることへの反対意見が数多く出されたのです。
6月21日には、ドイツのリントナー財務相が「2035年までにガソリン車など内燃機関車の新車販売を事実上禁止するEUの新ルールを支持することはできない」との考えを示しました。リントナー財務相はベルリンで行われたドイツ産業連盟主催のイベントで、内燃機関を完全に禁止するのは誤った決定であり、同意するつもりはないと語ったのです。リントナー財務相はFDP(自由民主党)所属で、連立政権内では産業界寄りの立場であり、それに配慮した発言と見られています。ちなみにリントナー財務相はクルマ好きで、ポルシェを所有していることでも知られています。
しかし一方で、連立を組む緑の党は、今回の規則案を支持する意向を示しました。リントナー財務相の発言を受けて、同じく21日、緑の党に所属するレムケ環境・自然保護相の報道官は「35年以降に域内で販売するすべての新車をゼロエミッション化するという欧州委と欧州議会の提案を全面的に支持する」と発表。連立政権内でも意見が割れており、EUにおけるドイツの立場を明確にするためにも、ドイツ国内でさらに議論を進める必要があるといえるでしょう。
■2035年以降もeフューエルが許可される可能性が浮上
そして6月28日に行われたEU環境相による閣僚理事会で、先述の規則案に合意しつつ、「再生可能エネルギーから生成されたeフューエルのみを動力源とする場合」に限り、内燃機関を搭載したクルマも引き続き許可される可能性がある、と発表されたのです。
eフューエルの生成には多大な電力が必要ですが、それを再生可能エネルギーによってのみまかなえるのであれば問題はない、という考えが示されたことは、eフューエルを研究していたメーカーにとってはまさに「首の皮一枚でつながった」という感じでしょう。
この規則案が法案として効力を発揮するようになるには、欧州議会・閣僚理事会・欧州委員会の三者の合意が必要です。今回の閣僚理事会の結果を受けて、欧州委員会はeフューエルをどのように再生可能エネルギーだけで生産するのか、今後も内燃機関車の許可するのかという具体案を提出することになっています。
■ドイツ自動車連盟はeフューエルの使用に肯定的
6月28日の閣僚理事会の発表を受けて、ADAC(ドイツ自動車連盟)のシュルツェ技術会長は「欧州議会はカーボンニュートラルなeフューエルを使用する内燃機関車の承認に関する法案を早急に提出する必要がある」との考えを示しました。もし法案の提出が間に合わなかったり、欧州委員会で法案が否決された場合、今度こそ本当にeフューエルとすべての内燃機関車が販売できなくなる可能性があるからです。
こうして振り返ってみると、eフューエル、そして内燃機関車の未来にとって、激動の6月だったといえるでしょう。特にポルシェは、EV用の高速充電器の開発やeフューエルの生産を推し進める一方、今まで生産してきたクルマを「工業遺産」として、eフューエルによってできるだけ長く公道を走らせるビジョンを掲げているので、今回の二転三転には冷や汗をかいているのではないでしょうか。
まだ明確な着地点が見いだせない、eフューエルと内燃機関車の未来。ドイツの連立政権内でも意見が一致していないところが気がかりですが、今後も注意深く動向を見守っていきたいと思います。それでは、また次回のドイツ現地レポでお会いしましょう。
[ライター/守屋健]