オーナーインタビュー
更新2023.11.22
「クルマを買うことはひんしゅくを買うこと」秋田良子さんのフェラーリ ディノ246GTを見に行って
中込 健太郎
特にここへきて、実力主義、成果主義。社会がそれを個人に求めるようになってきました。年功序列型よりは公明正大な世の中になったかのように思えるこの言葉。確かに優秀で成果をあげられる世の中はいいと思う。しかし、その仕組みの良しあしではなく、これはすなわち「年を取るにつれてたくさんのお給料は払えなくなりました」というメッセージでもあると思うのです。こうなってくると無駄はできない。冒険もできない。堅実に計画的に。時に勝負に出たいと思わないわけではないけれど、あくまでも慎重に。それが世を生きる処世訓のようになっていく。これは当然の流れなのだと思います。
好きなクルマを買えばいいのです
そんな世の中ですから、まず悪者にされるのは自動車。この論調もそうびっくりしません。クルマなんかなくてもいいよね。クルマなんか買うのは無駄だよね。と最初は個人的な考え方にとどまっていたそういうスタンスが、そのうち世の中の流れになっていく。
でも本当はこういう時代だからこそ、自分の自由を助ける。見聞を広げられる。そして新しい出会いが待っている。そんなクルマをもつことから得るメリットはとても大きいと思うのです。レンタカー屋さんが閉まっていても、あるいは駅前のレンタカー屋さんにいくためのバスが終わってしまった後でも。秋の風が気持ちいいから、月があまりにもきれいだから、あのラーメンの味が恋しくて。そんななんとなく出かける足、愛車が駐車場に待っている。これは素敵なこと。できれば所有した方がいい。そう常々皆さんにお話ししています。
そして、こんな時代だからこそ、どうせ一台クルマを買うならば「あそこの人あんな派手なクルマ買ってやあねぇ」「いつも変わったクルマ乗りまわして」そう周囲の誰もが言うようなクルマに乗った方が得だと思うのです。限られたお給料で買うクルマです。どんなクルマを停めても同じ金額を払わねばならない駐車場に置いておくのです。「毎日乗るわけじゃない」のであれば、いっそ我慢なんかすることないのではないか。何に臆することも躊躇することもないのではなく、好きなクルマを買えばいいのです。心の底からそう思います。
スーパーカーを持つ人ってどんな人なのだろうか。皆さんはそんなことを考えたことはあるでしょうか?私は前で述べたようなことを素直に実践した方。そんな風に受け止めていました。クルマがすごい。お金がある。それは全くなければ買えないかもしれませんが、それより「行くか行かないか」「同じことなら面白い方」をチョイスした結果なのではないか。そんな風に思うのです。これ自体とても素敵なことだと思うのです。
秋田さんが所有するディノを見に京都南丹市へ
ガレージの軒先で育てているブドウが今年はようやく食べられるくらいまで育ちご満悦の秋田さん。愛車のディノとともに。
京都府南丹市、京都から日本海沿いを走る国道9号線が通る古くからの街道沿いの街。この街に住む秋田良子さんは、以前から存じ上げていて、Facebookではしばしば交流のあった方でした。実はすでにご主人を亡くされていますが、今もそのご主人が生前イタリアに直接買い付けに行って、日本に持ち込んだディノと暮らしている方で自動車好きの間ではかなり有名な方なのです。私も雑誌か何かで秋田さんが今も所有するディノのことはすでに拝見し、存じ上げていました。
しかし、カレントライフ編集部でも話題に上がったり、いろんなことで秋田さんの話題が出たこともあって、一度この目で直接ディノを見せていただけないか。そんなことを思い立ったのです。秋田さんにご連絡したところ「ぜひ」と歓迎してくださり、伺うことになりました。今回のお供はマツダアクセラ。このクルマに乗って京都南丹市に出かけることにしたのです。
はじめは、前述のようなスーパーカーオーナーにありがち、そして自分の想定するスーパーカーオーナー像の中の方で、貴重なディノを持っている。その愛車を見せていただく。その程度のことでしか考えていなかったというのが実は正直なところでした。しかし、そのクルマは歳月をそのボディにしっかりと刻んでおり、もっと自然にもっと淡々として、その京都の奥の古い日本の風景を今にとどめる街道沿いの旧家に棲んでおり、また秋田さんご自身も、すでにスーパーカーオーナーとしての自動車愛好家としての暮らしを謳歌されている、と言う以上に、このディノとともにごく自然に暮らし、しかしクルマを介した素敵な人たちとのかかわりの中で生きておられる、生活者である。そして日本でもこういうクルマとの付き合い、スーパーカーとの暮らしを送っている方がいるのだと感心させられたのでした。
アクセラでの道中は「よもやま話」にてお伝えしたいと思いますが、あっという間に国道1号で京都を過ぎ、9号線で亀岡を過ぎて南丹市についたのは、お約束の時間ぎりぎりでした。街道沿いに出て待っていてくださいました。
自動車の仲間が三々五々集まりはじめます
私が到着したのはもう西日のころ。周りを山に囲まれる丹波の街は少しずつ暗くなり始めていました。古い日本家屋を改装して、今でも快適に住めるようにしてある秋田さんのお家で、待っていると、秋田さんの自動車の仲間が三々五々集まりはじめます。ディノクラブのお仲間、ディノの主治医、地域で輸入車向けのホイールなどを販売するショップの方。そしていろいろいつも秋田さんのガレージの整備をはじめ、DIYを手伝ったり、ご自身レストアなども手掛けている方。パット声をかけたら、これだけの方がすぐに集まる。素敵なことですね。
そんなことで、実際お会いするのは初対面ながら、すっかりお言葉に甘えて上がり込み、焼肉を囲みながら、地元のエンスージアストの方とのエピソード。今狙い目だと思うクルマについて、クルマを通じてこんな人がいたという話。内容自体はクルマ好きが集えば大体に通ってくるものです。しかし、当然メンバーが違いますから初めて聞く話、目新しく新鮮で勉強になるなと感じさせられること。いろいろのお話しが飛びだすものです。
こうして夜は更けていきました。あくる朝は秋田さんのディノをいよいよ見せていただけるのです。屋根裏を改装し客間は日本家屋でというか、なんだか洋館にでもいるような感覚になります。その晩はずいぶんぐっすり眠ってしまいました。
あくる朝、目が覚めて階段を下りていくと、秋田さんはすでに起きておられて、特製のジュースを作ってくださって待っておられていて恐縮してしまいました。そのジュースはスイカを皮に近い部分まで使ったものをベースのお手製のもの。夏、そして前の晩遅くまで飲んだ体にはとてもうれしい飲み物。案外青臭さはなくて、すっと飲めてしまいました。最近はもっぱらこればかり飲んでるんです、とのこと。スロージューサーは最近利用している人が多いものですね。素材に熱が伝わらず、根こそぎ、と言いたくなるほどしっかり絞るので、栄養を余すことなくとることができますね。
▲横のクランク棒で巻き上げると、オートチェンジャーで皆が慣れ親しんだ曲の数々を連続して奏でるオートチェンジャータイプのオルゴール。コーム(櫛)の葉の多さが豊かな音色を作り、長さがたっぷりと心に響く深い響きを創りだす。東大阪の業者が所有していたこちらのレジーナ。秋田さんのもとを訪れ、アンティークへの造詣、託すにふさわしい人かを見に来た上で託されたのだという。
最初のフェラーリから、デイトナ〜ミウラと乗り継ぎ…
そのジュースをいただきながら、秋田さんはいろんな話をしてくださいました。趣味と言うより半ばライフワークのように手掛けられている園芸のお話し。人のご縁で、このお家にやってきた大きなオルゴールのお話し。そしてそのオルゴールと一緒に譲ってもらったというかなり昔、パリ万国博覧会のころのに日本が海外に輸出していた扇子の絵柄見本のことなど実にさまざま。
しかし、そのいずれも共通するのは、言葉は悪いですが「お金を積んで買った」ようなものはないのです。好きなこと、強く印象に残ったことなどをとことん追求し、常識という、時にに先々を抑え制限するものにとらわれないで、真心で人と向かい、ご縁を大切にしてきた中で手元にやってきたものがほとんどだということなのです。
そしてその流れで愛車の話になります。これから見せていただくディノは、亡くなったご主人が自ら日本に持ち込まれたもの。秋田さん自身も最初に購入したクルマがフェラーリ365GTC、デイトナ、そしてランボルギーニミウラと乗り継いで来られたそうです。確かに当時の暮らしからすると身の丈にあってはいなかったのかもしれません。
しかし、月におよそ20万円という高額な分割払いを、歯を食いしばって達成して手に入れたその最初のフェラーリ、これがあったからこそ、もちろんデイトナ、ミウラという多くの人にとっては憧れに終わってしまうスーパーカーの、乗らなければわからないクルマとしての偉大さ、オーラのようなものを体験できたことは財産である。それもお話を伺っていて、よくわかりますが、それ以上にそれが呼び寄せてくれたご縁を秋田さんはとても大切にされている。そのことを強く、聴いていて感じさせられたのでした。
「よく、お金に困ってディノを売ろうと思ったことはないですか?と聞いてくる人がいます。『なんで売らねばならないのか。』と逆に思うんです。手放したらそれで終わってしまうことの損失の方が、売って手にするお金よりもずっと大きいのですから。」そんな風に決然と語ってくださる秋田さんの言葉には、平たく言えば男らしく見えたということになるでしょうが、しかし、女性ならではの胆力のようなものも感じます。
秋田さんのガレージのブドウが食べごろを迎えています
500キロドライブしてきたのはディノを見るため。秋田さんのお話を聞いているとうっかり見そびれるのでは、そう思うほど尽きません。お住まいから少し離れた場所に駐車場をお持ちで、その一角に洒落たガレージを立てて愛車を収められています。その中にディノと普段のアシのR129、メルセデスベンツのSL320を収めていらっしゃるのでした。それ以外の駐車場は、近くの銀行が外向用クルマの置き場に使用しているとのこと。そちらに移動し、いよいよ生でディノとご対面です。シャッターを開けると、あずき色というか深いボルドーのディノと、シルバーのSL320が前から入っていました。
▲この地域では、ディーラーでも販売したことのないというSLのハードトップ用のリフトも設置されていた。最近ではSLもリトラクタブルハードトップになり、幌を持たないためこの仕組みは不要だが、「こういうものを要する状況」からしてSLのもつ優雅さは別格だ。
エンジンフードは停めているときは開けてあり、それを閉めて、運転席に座ると、アクセルを踏みキャブレターにガスをポンピングします。時間をかけてゆっくりエンジンをかけます。するとなんとも「官能的」と言う表現はずいぶん言い古されてきましたが、心に染みるのです。うまい歌曲を聞いているかのよう。説得力があるのです。エンジンの挙動の一つ一つが魂をもって産声を上げているようです。名曲ならなんでも感動するわけではありません。演奏家の卓越した技があって、豊かな表現力が曲に宿るものです。アイドリングでのブレもなく、気になるびびり音などもありません。この前の晩にもご一緒した主治医の技、そして少しのことにも気を配り、想うオーナーの慈愛のようなものも、このクルマのエンジン音を聞いていればすぐにわかりました。
▲農業用の袋を買いおいていて、車庫では下に敷いているという。もちろん車庫を汚さない効果もあるが、主治医に的確な症状を示すため、小さく折りたたんで、主治医に見せるためだ。こまめなこうしたことがコンディションを保つ秘訣なのかもしれない。
そしてゆっくりとクラッチをつなぎ滑り出すようにクルマがガレージから出てきました。台風が襲来しているほんのわずかに丹波を射す日の光のもとに出てきたディノ。最終型のこの個体、買いに来た東洋人は「今すぐに出せるのはこれだけだ」当時はこの色をオーダーしたわけでもなかったとのことですが。夏の盛りが過ぎ、これから実りの秋を迎える丹波。京都を過ぎて田園風景の中をドライブしてやってきた私には「ここに収まるべき仕様」にしか思えないほど、つつましく、節度があり、どこか侘びを感じさせ、きわめてスータブルな仕様にしか感じられないほど、一目見てその佇まいに吸い込まれたのでした。
染み入るような印象を残しているオリジナルのラッカー塗装
オリジナル塗装のままだというペイントは、すでに端々にクラックの入ったラッカー塗装。実に調合はうまいもののルーフだけはクラックがないと思ったら、新車で日本にやってくる際、コンテナの間に木枠が組まれそれに収まって日本にやってきたこのクルマ。実は船の中で上の積み荷が屋根にへこみをつけてしまったのだそうです。もろもろ登録をしたりする中で、そのルーフは直したとのことで、その時にルーフだけ塗られたため、ルーフだけはフェラーリのオリジナルではなく、日本でのペイントなのだそうです。
しかしうまく処理がされていて、色そのものもしっかり合っているし、何より一緒に齢をとっているので、経年度合いもクルマ全体が一貫しています。もともとは黒にしたかったのだというご主人の希望もあり、リペイントも何度か考えられたそうです。しかしこの色で日本で来たのも何かの縁。珍しい色だし、この色だからこそと言う面もあるというお友達のアドバイスなどもあって、そのままになっているのだと言います。私もこれに関しては、この色だから見る者に染み入るような印象を残している、そう感じるのです。塗るのはいつでも塗れますが、この塗装に重ねてきた歳月は、その時に表現することはできないのです。味わい深いものがありました。そして何よりこの風情を演出するうえで、とても貴重な存在が登録地域の表示「京」の京都ナンバーではないでしょうか。
と見入っていると、「ブドウができました」と持ってきてくださったのです。ガレージの横に植えられたデラウエア。ようやく食べることができるブドウができた、とのこと。身は小ぶりながら、とても濃厚で甘いデラウエア。ディノを見ながら人房あっという間に頂いてしまいました。そしてその時私ははっとしたのです。ディノの色、今まさに枝から直接採ったブドウと同じ色をしているではありませんか。イタリアからはるか遠く、極東の島国の古都の近くに古い街へ嫁いできたディノ。その土地の風土と、この土地が育んだ人情、そういうものの中で40年ほどの齢を重ねてきたのです。
なんだか、この一瞬をディノの横で過ごすことができただけで、500キロドライブしてきた価値はあったな。そう感じたのでした。
この後「中込さん、ちょっと出かけましょう」と言って、比較的近いところに面白いガレージを構えている、日本の黎明期のレーサーの全日本鈴鹿1000キロ耐久レースで、クラスを超える走りを見せたレジェンドのようなドライバー桑原彰さんのもとを訪ねたり(ちょうどこの日鈴鹿サーキットではスーパーGT鈴鹿1000キロが行われていた)、前の晩にご一緒した主治医のアキタ自動車さんのもとにお邪魔したりと、盛りだくさんな一日となりました。
▲桑原さんにはかつてスーパーカーのレースに出るときにドライビングを教わったことがあるのだとか。山の中にあるモーターボートはガレージに来た人をもてなすために応接間代わり。ただで譲り受けたものを有効に利用している。
▲桑原さんの考えるいいクルマ。快適で早く、だれでも簡単に扱えること。そういう人がこだわる944。これはとても説得力を感じる事だ。もすごく程度のいい944、定期的に火が入りそのコンディションは保たれている。
クルマを見たいからとドライブして出向いた私の旅
自動車文化って何だろう?最近よく感じさせられるのですが、一つ言えることは自動車文化の中心はクルマではなく、人だということです。二度見の名車ディノを所有するも別にひけらかすこともなく、当然になすべきことを淡々としてオーナーとしての務めを果たしている秋田さん。それでも別にコンディション維持のために乗らないわけでもなく、むしろ定期的にしっかりと乗っている。そして、いざサーキットに出れば男性だ女性だということではなく、真剣に勝負に出るというのですから、クルマも本望でしょう。
▲秋田さんの作品の数々。こうして植栽にはさみを入れると、風通しが良くなり、元気になるものも多いのだという。緑に癒され、緑を蘇らせる。人間と緑の共存、そんなことを考えさせられるお話だった。
そして、そのクルマを見たいからとドライブして初めて訪れる街に出向いた私の今回の旅。こういう連鎖が自動車文化なのではないでしょうか。クルマは人をつなぐ。クルマで人と巡り合う。その横にまたクルマがいる。特にここ数年程、時に値段ばかりが独り歩きするような、クラシックカーまわりの出来事もありましたが、丹波の山に沈みゆく太陽を見て、人生をそのまま映すような輝かしくもきらびやかでもなく、豊穣と感情を少し垣間見ることができるようなディノを目の当たりにして、いったいあれは何なんだと虚しさが込み上げてきたようでした。
▲購入時から10万キロを超えていたという後期のSL320。エンスージアストのアシにこれ以上のクルマもなかなかないだろう。軽やかながら丁寧なつくり込み。後期では320に右ハンドルが設定されたため左の現存数は案外少ない印象だ。軽やかなSOHCエンジン。これもディノとは別の意味で忘れてはならない一台だ。ちなみによくありがちだが見に行った際「SL500」になっていたというエンブレム。購入する条件は「はったりのそのエンブレムをオリジナルに戻すこと」だったそうだ。もちろん納車前にしかるべきSL320 に戻された。
総生産何百台、何千台、何万台。現在の取引相場が何千万、何億、何十億。そんなことはどうでもいいのです。そのクルマはその一台だけ。そしてそのクルマの価格はプライスレス。値踏みするのではなく、まず愛でたいものだな、再び夜の東海道を東京へクルマを走らせたのでした。クルマを買うことはひんしゅくを買うこと。みんなもっと無理してでもひんしゅくを買って、楽しいカーライフを送らなければ、その思いはここでも覆されることはありませんでした。
▼秋田さんのディノが走る様子は、こちらのYouTubeで紹介されていますので、ぜひご覧ください。
https://www.youtube.com/channel/UC5OR7J2euL8UokedNuv-l5w
[ライター・カメラ/中込健太郎]