更新2022.04.24
世界に30数台・日本に2台「シトロエンBX 4TC」オーナー、北沢 剛司さんへインタビュー
松村 透
「クルマが人(オーナー)を選ぶ」という視点でスタートしたこのコーナー。今回のクルマも、この人のところへ嫁げばシアワセになれると分かっていたのかも…しれません。
「これまで日本に上陸したことがない、シトロエンBX 4TCの実車が観られるかもしれない!」 ふとした好奇心から、本当にシトロエンBX 4TCのハートを射止めてしまった、オーナーの北沢 剛司(きたざわ・こうじ)さん。 シトロエンBXというクルマはともかく「4TCってなんだ??」。
自他ともに認めるかなりのクルマ好きでも、そう思う方がいるかもしれません。
それもそのはず。2015年7月現在、このクルマは日本に2台しか存在しません。街中で遭遇するのは、奇跡に近い確率なのです。シトロエンBX 4TCとは、シトロエンがBXをベースにWRCに参戦するべく開発したマシン。
北沢さんのクルマは、グループBホモロゲーションを取得するべく生産されたなかの1台なのです。 今回は、そんなレアなクルマである、シトロエンBX 4TCに惜しみない愛情を注ぐオーナーのエピソードをご紹介いたします。
■まずは、北沢さんのお仕事について聞かせてください
輸入車関連誌のおよび一般誌のライター業を営んでいます。
■輸入車に乗ろうと思ったきっかけとは?
25才のとき、メルセデス・ベンツの原稿を書く機会が多く、これは自分で所有してみて乗ってみないと分からないこともあるだろうなと思ったのがきっかけですね。せっかくメルセデスに乗るのであれば最高峰のSクラスにしようと、1987年式の300SEを購入しました。
ボディカラーは、当時定番だったブルーブラックには興味がなく、なるべくレアな面白い色を探していました。そんなときに出逢ったのが、雑誌広告で見つけたライトアイボリーの300SE。実は、ドイツのタクシーもこの色なんですね。ダークカラー系のSクラスとは真逆な、パーソナルユースの雰囲気が感じられる佇まいも気に入りました。
▲北沢さんが所有していた、ライトアイボリーの1987年式メルセデス・ベンツ300SE。ご覧のように右ハンドル仕様
結局、このSクラスは1年半くらい乗りました。ある日、高速を走っているときにオーバーヒートしてしまったのです。ディーラーで修理費用を算出したら、エアコンの修理等も含めて70万円くらいの見積もり金額になってしまいました。
さすがにこの修理代は厳しいということで、泣く泣く手放しました。 次のクルマを探しているとき、知り合いのライターさんに相談したところ、あるクルマ屋さんから「2つ、提案があるよ」という話しを持ちかけられました。それは…。
・70万円のランチア・テーマ
・30万円のマセラティ・ビトゥルボ
この二択でした。さあ、どうする?というのです。 70万円の修理代が払えないのに、同額のランチア・テーマを買うのもなあ…。そうとなると、30万円のマセラティ・ビトゥルボしか選択肢がないわけです。結局、このクルマが次の愛車となりました。奇しくも、手放したSクラスと同じ1987年式なんですね(笑)。
▲30万円で手に入れた、1987年式マセラティ・ビトゥルボ ES
ある程度は覚悟していましたが、このマセラティ・ビトゥルボ(以下、ビトゥルボ)も色々ありました。
でも、いまの愛車であるシトロエンBX 4TCのメンテナンスをお願いしている主治医に出逢ってから、クルマのコンディションがグンと良くなったのです。
しかし、あるとき首都高を走っていたら、ルームミラー越しに白煙が見えるんですね。よく見ると自分のクルマから煙が出ているではないですか! 主治医に診てもらったところ、タービンがブローしていることが判明しました。
部品代を調べたところ、純正のタービン1個が29万1,000円。ツインターボなので計58万2,000円です。さすがに潮時かなと思っていところ、主治医が「じゃ、ターボ取っちゃえ!」というのです(笑)。
その提案には私も驚きましたが、たった5万2,500円の改造費で乗り続けられる魅力には勝てませんでした。結果的にターボを外したビトゥルボは絶好調となり、壊れなくなりました。
ノンターボとなったことでトラブルから解放されたビトゥルボでしたが、あるとき、加速中にエンジンストールしてしまい、二度とエンジンが掛かることはありませんでした。
結局廃車することになったのですが、形見として、エンブレムとウッドのシフトノブ、それにダッシュボードのアナログ時計はいまでも大切に保管してあります。
ビトゥルボは、半年くらい乗れたらいいかなと思って手に入れましたが、結局6年あまり所有しました。20代後半から30代前半を一緒に過ごしましたが、いま思うと楽しかったですね。
■現在の愛車を手に入れるきっかけとは?
ビトゥルボを手放したあとに結婚するなどして、クルマを所有していない時期が続きました。でも、やっぱり何か欲しいなと思い、個人的にも好きなグループBマシンで物件を探していました。
そんなある日、関西在住でシトロエンBX 4TC(以下、BX 4TC)を個人輸入したシトロエン愛好家の方のwebサイトを見つけたのです。そこには、フランスに売り物件があるという情報が載っていました。
すぐさまコンタクトを取ると、フランスのコレクターが複数所有している内の1台を手放そうと考えているそうで、しかもその物件には、ラリー仕様のエボリューションモデルのキットも含まれるというじゃないですか!こんな条件のBX 4TCはまず出てこないだろうと思いましたね。
その後、毎年秋に長野県の車山高原で開催されている「フレンチブルーミーティング」で、そのシトロエン愛好家の方とお会いしました。信頼できそうな人柄だったこともあり、わずか4枚の写真だけで契約してしまいました。
念願叶って契約したBX 4TCは、翌年春、日本に上陸しました。クルマは陸送で関東に運んだのですが、同梱されてきたエボリューションモデルのキットは積むことができませんでした。
しかし、ありがたいことに、そのシトロエン愛好家の方が自宅で保管してくださっていました。それはさすがに申し訳ないので、ワンボックスのレンタカーを借りて関西まで引き取りに行きました。
▲車名が分からないクルマ好きにもタダモノではないことをアピールする、張り出された前後のオーバーフェンダー
■ご結婚後にシトロエンBX 4TCを手に入れたわけですが、奥様は理解してくれたのですか?
クルマ関連の雑誌に記事を書いている人間が、自分のクルマを所有していないのはいかがなものだろう…ということは、妻も理解を示してくれました。
当初は、ピニンファリーナデザインのプジョー406クーペ(前期型/左ハンドル/薄いグリーン)の購入を考えていたのです。妻と実車を観に行ったりもしましたが、購入には至りませんでした。
しかし、このBX 4TCを逃したら、いつ機会が巡ってくるか分かりません。
▲シトロエンBXベースなのできちんと5人乗れますし、荷物も積めます。その代わり、エアコンはありません(笑)
そこで、妻には、
・4ドアハッチバックなので「5人乗れます」
・ベースはBXなので「荷物が積めます」
・私が好きな「ラリー用の特別なクルマ」であること
この点を強調しました。妻から「買えるならいいんじゃない?」との回答を得られたときは嬉しかったですね。でも、実は大事なことを伝えていなかったのです。
それは「エアコン」。何しろ、フランスに実車があるわけですから、届いてみないとエアコン装着されているか、装着されていても使えるか分からないわけです。
実際届いてみたら…エアコンレスでした(笑)。さすがに妻も驚いて(呆れて?)いましたね。
▲ダブルシェブロンの二乗マークが4輪駆動を示しています
でも、手に入れてから一度も「売ってよ!」といわれたことはありません。ありがたいですよね。その代わり「次に結婚するときはプリウスに乗っている公務員がいい!」とはよくいわれますが(笑)。
たまに取材などでお借りする最新モデルに乗って帰宅すると、息子にも「これ(借りてきたクルマ)いいね。乗り換えれば?」っていわれます。
■日本ではほぼ前例のないクルマだけに、トラブル時は大変だと思うのですが・・・
手に入れて最初の1年半くらいは、2回に1回は何らかのトラブルに見舞われていましたね。
▲最高出力200psを発生する、プジョー505ベースの2.1リッター直列4気筒ターボエンジン。通常のBXでは横置きとなるエンジンは、縦置きに変更されています
妻が妊娠したとき、BX 4TCで病院へ行くことになりました。しかし、明らかにクルマの調子がおかしい。メーターを見てみたら、水温がどんどん上がっていくのです。
ボンネットから湯気みたいなのが見えるけれど「クルマの調子がおかしいから、ここから歩いて病院まで行ってくれ」とお腹の大きな妻にいえないし‥。
何とか病院にはたどり着きましたが、妻とクルマが同時期に入院することとなりました(笑)。
▲83L入り燃料タンクとスペアタイヤに占領され、実はあまり荷物が積めないラゲッジルーム。リアタワーバーと直立したハイドロのスフェアはBX 4TCの専用装備
クラッチが滑り始めたときも、交換したくても情報がありません。この状態でだましだまし乗っていた時期もありましたが、ある日eBayで、BX 4TCのサービスマニュアルとパーツカタログ、オーナーズマニュアルが出品されているのを発見しました。
出品元はフランスで、自国にしか送らないと表示されていたのですが、出品者に「自分はBX 4TCのオーナーだけど、いますごく困っていて、何とか日本まで送ってくれないか?」と交渉してみたのです。
そうしたらokが出て、実際届いてみたところ…当然ですがフランス語でした。辞書片手に調べた結果、おおよその部品と品番が絞れてきました。
思い切って日本に輸入してみたのですが、クラッチ本体の部品はバッチリでしたが、周辺のものは微妙に違うようで、使えませんでした。
とはいえ、BX 4TCのサービスマニュアルとパーツカタログを入手できたことで、大分楽になりましたね。
いま、手に入れて8年目になりましたが、色々なトラブルを経験して、ようやく落ち着いてきたなと感じたのは4年目くらいからでしょうか?それ以降はトラブルフリーなんですよ。怖いくらいに(笑)。
■手に入れて良かった点、こだわり、苦労している点は?
●良かった点・何といっても「実物を観られたこと」です。
インターネットで調べても情報が少ないですし・・・。実物を観てみたい一心で手に入れたようなものですね(笑)。私が知る限りでは、グループBのホモロゲーションを取得するために必要な200台は生産されていないようです。
しかも、いまや世界で30数台しか現存しないクルマです(日本には、北沢さんの個体を入れて2台)。
基本的には白のみですが、最後の1台はストライプの色が異なります。あとは、コーチビルダーのHeuliez(ユーリエ)が、自社用に1台だけ造った黒いBX 4TCがあります。
▲VDO社のブースト計がインストールされた、BX 4TC専用のメーターパネル
・BX 4TCを通じていろいろな仲間ができたこと。
グループBカーのオーナーさんと知り合って一緒にお茶したり、イベントに行ったりして楽しむことができたことは大きいですね。
▲グループBマシンが勢揃いした、「ランチア ランチ 2012」。こちらでもBX 4TCが紹介されています。
・小さい頃から観ていたカーグラフィックTVに、BX 4TCとともに出られたことです。 (#1344「シトロエンBXの30周年 マボロシのターボ四駆初公開!」/2012年9月12日OA分)
▲リアドアには巨大なFRP製パネルが装着され、全幅はなんと1830mm!
●苦労している点
・情報がない!
・部品がない!探すのが大変
・欠品している部品は自作する(これまで、バンパーグリルの一部とシフトノブを自作しました)
▲オーナー自ら、バンパーグリルの一部を自作しています
●こだわり
・程度を維持すること
・クルマに乗る前には爪を切る
・雨が降ったらレンタカー
・スマホで雨雲の動きをチェックしながら走行
・オリジナルコンディションを保つ(ETCも見えないところに設置)
・保管場所(湿気&セキュリティが万全なところに保管しています)
▲Bピラーには、製造を担当したコーチビルダーのHeuliez(ユーリエ)のエンブレムが貼付されています
壊れると大変なので、クルマに優しい運転を心掛けています。常に手探り状態ですね(笑)。
■予算抜きで、欲しいクルマBEST3は? (それと「アガリのクルマ」を教えてください)
1.アウディ・スポーツクワトロ S1 または 1.シトロエンBX 4TC Evolution
▲昔から好きなGr.Bマシンなんです。音も好きですね。個人的に、5気筒と10気筒のエンジン音が好きなんです。YouTubeで、映像抜きに音だけで楽しんでいることもあります(笑)
ロードバージョンとエボリューションモデルが自宅ガレージに並んでいたら最高ですね。
2.フェラーリ 250 GT LUSSO 若い頃はSWBのほうに興味がありましたが、次第にLUSSOのスタイリングに惹かれるようになりました。まさに美しさと快音の両立。
3.メルセデス・ベンツ600(W100)
▲やはり、W100は究極のメルセデスではないでしょうか?プルマンはショーファーカーですが、ショートホイールベースであればドライバーズカーとしても使えそうですし。メンテナンス費用を気にしなくて良いのであれば、毎日でも乗りたいくらいです
アガリの1台:フェラーリ 288 GTO フェラーリ唯一のGr.Bマシンであり、F40のルーツでもあります。フィオラバンティの最高傑作のひとつだと思っています。私にとってはすべての条件を兼ね備えたクルマ。究極の1台といえます。
■北沢さんにとって、愛車はどんな存在ですか?
まさに「走ることができる1/1のコレクション」です。ない部品は自作していますし(笑)。
▲オフィシャルフォトで使用されていた「BX」の化粧プレートを、日本規格のナンバープレートで再現。もちろんこれも自作!
それとコミュケーションツールでもあると思います。人と人をつなぐ素晴らしいアイテム。
クルマがもたらすインパクトが大きいのか、BX 4TCを所有していなかったら知り合えない方もたくさんいらっしゃいます。これはお金には換えられないですね。
最後になりますが、BX 4TCは「預かり物」だと思っています。できる限りオリジナルの状態を保ち、後の世代に引き継いでいきたいですね。
■オーナープロフィール
お名前:北沢 剛司さん
年齢:45才
職業:ライター
愛車:シトロエンBX 4TC
年式:1986年式
ミッション:5MT
[ライター/松村透 カメラ/北沢 剛司]