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更新2018.06.05
インターネットがボクのカーライフをこう変えた(旧車編)
JUN MASUDA
これは1989年に日産が発売した「パイクカー」のひとつで、「Be-1」に続く第二弾に位置づけられ、このパオに続く第三弾が「フィガロ」である。
日産パオはこんなクルマだ
パオはK10型の初代マーチをベースにしているが、その外装はすべて入れ替えられ、レトロ風のデザインが与えられている。
そしてレトロな外観に反し、フロントフェンダーやボンネットには当時最新の技術を用いた樹脂が使用され、軽量化が図られるなど、なかなかに面白いクルマだった。
ちなみに重量は今となっては想像すらできない720kg、出力はわずか52馬力だ。
▲パオを所有していたのはずいぶん昔のことなので、残念ながら画像があまり残っていない。これは1/43スケールのパオだ。ボクは所有していたクルマをミニカーにてコレクションしている
K10マーチは1982年から1992年という、日本車としては異例に長い期間にわたって製造されている。
その存命中にはモータースポーツベースの「マーチR」、それをベースにターボとスーパーチャージャーを搭載した「マーチ・スーパーターボ」なるモンスターマシンも存在し、WRCでもその勇姿を見ることができた。
そんなK10型マーチをベースにしているだけあって、パオの車体は頑丈だ。
ボクが入手したのは2006年で、その個体の製造年は1989年だったから、車齢は実に「17歳」ということになるが、それでも車体の衰えは感じなかった。
自動車のパーツ供給には「期限」がある
一般に、自動車は生産が終了した後、該当モデルのパーツ保管期限は10年くらいだと言われている。
走行に必要なパーツ、そうでないものによっても保管期限は異なるようで、さらにメーカーが独自に定めるルールもあるため、ここでは詳しく触れない。
ただ、ひとつだけ確かだったのは、ボクがパオを手に入れた時点で、パオのパーツはすでに日産からの供給が停止されていた、ということだ。
ボクはパオを「現状渡し」で購入している。
そのために安く購入できたワケだが、中古車販売店も「すでにパーツ供給が停止されている」パオを整備して販売することができなかったのかもしれない。
どうやってパオの補修用パーツを手に入れたのか?
そういった理由もあり、パオはそもそも整備が必要でありながら、日産からパーツ供給を受けることはできなかった。
では、ボクがどうしたかというと、「リビルトパーツ」の活用だ。
リビルトパーツは簡単に言うと「中古パーツ」だが、ちゃんと機能するようにメンテナンスされている。
ボクはまずパオの現状をチェックし、マフラー、キャブ、フロントウインカー、キャンバストップ、サスペンション、ルームミラーの交換が必要であると判断した。
そしてボクはそれらのパーツを手配すべく、日本中の解体業者に電話した。とにかく電話しまくった。
もちろん当時もインターネットオークションはある程度普及していたが、そこまでマニアックなパーツはネット上には出ていなかった。
だからボクは一件づつ解体業者を当たるしかなかった。
いくつかのパーツは「実物を見ずに」電話のみによる交渉にて送ってもらい(そのパーツを持つ解体業者が遠方にあったからだ)、解体業者が近くにあれば、工具を持って自分でパーツを「取り出しに」行った。
パオ特有のパーツはともかくとして、基本構造をマーチと共有していたのが幸いし、排気系や足回りについてはマーチのパーツを流用できるのも助かった。
そしてボクのパオは完全に調子を取り戻し、ノートラブルで走るようになった。
インターネットの普及でカーライフが大きく変わることに
そしてしばらくパオに乗るうち、その環境に変化があった。
インターネット上にて行われる、パーツの売買が盛んになってきたのである。
主にそれはオークションサイトになるが、個人はもちろん、中古パーツ販売業者が手持ちのストックを出品するようになった。
そうなると、もう消耗品を探すためにあちこちに電話したり、レンチ片手に解体業者を訪れる必要はない。
いながらにして「もう手に入らないはずの」パーツを探し、購入できるのだ。
パオには当時から魅惑的なオプションパーツがたくさんあった。
レトロなデザインのカセットデッキやCDチューナーが用意され、しかしこれらが装着されていない中古車を購入した場合、あとからパオの内装にマッチするオーディオを探すのは難しい。
しかし、オークションサイトではいとも簡単に「純正オプション」を見つけることができる。
同様に、パオには昔風の「大きな、フロントバンパーに取り付けるフォグランプ」がオプションとしてラインナップされていたが、それをぼくはずっと探していた。
しかし、どれだけ解体業者を探しても見つからなかったそのフォグランプが、オークションサイトではいくつも販売されているではないか。
もちろんこれはパオにだけ当てはまる現象ではない。
希少車に乗る人、クラシックカーに乗る人、絶版パーツに乗る人にとっては「かなり良い時代になった」とボクは思う。
同様に、型落ちのクルマを手に入れ、当時のカタログを入手することも容易になった。
すでに販売が終了したミニカーだって手に入る。
工具を携えて、山と積まれた廃車の中から目当てのパーツを抜き取っていた日々も懐かしいが、やはりこの便利さに替えることはできない。
パオは整備や修理を要するクルマではあったが、それらの情報もインターネットを通じて収集することができた。
もしインターネットがなければ、ボクはパオを買おうとすら思わなかっただろうし、購入しても維持できなかっただろう。
そういった意味で、インターネットの普及は「これから旧車に乗ろう」という人々の一助となっているのかもしれないし、眠っているパーツに再び活躍の場を与えるひとつの契機でもある。
▲こちらの画像はパオのルームミラーのステーだ。ボクはどんなパーツでも捨てることができずに再利用している
参考までに、ボクはパオを売却するときもインターネットを利用した。
オークションサイトに出品し、個人間のネット取引でパオを売ったのだが、その新しいオーナーは遠くから引き取りに来てくれ、しばしパオについて語り合うことができた。
今でも新しいオーナーはときどき画像を添えてパオの近況を報告してくれるが、こういった「同じ趣味を持つ、人と人とのつながり」もまたインターネットによって加速されたものだとボクは考えている。
[ライター・撮影/JUN MASUDA]