ドイツ現地レポ
更新2020.08.28
ホイール交換だけでも車検が必要?ドイツでクルマのカスタマイズが一般的でない理由
守屋 健
ところがドイツの公道を走っていると、フルチューンのクルマはもちろん、ライトチューンやドレスアップを施したクルマすらほとんど見かけません。もちろんまったく存在しないわけではないのですが、日本と比べるとその割合は非常に少ないです。
ドイツにはチューニングやコンプリートカーを手がけるメーカーは数多く存在します。なかにはルーフやアルピナといった自動車メーカーとしての認可を受けている会社すらありますが、市民レベルでのカスタマイズは「まったく一般的ではない」といってよい状況です。
これにはどういった理由があるのでしょうか?今回のドイツ現地レポは、「ドイツでのクルマのカスタマイズがなぜ一般的でないのか?」。その理由を解き明かしていきたいと思います。
車検を通さずして走るべからず
まずは、ドイツでクルマをカスタマイズする場合を考えてみましょう。
今月の給料が思いのほか多かったので、あなたは「このタイミングでホイールをインチアップしてみよう」と思い立ちました。家族の説得もなんとか成功し、以前から買おうと思っていたホイールの情報を公式サイト上で確認します。
ドイツの公道で使用できるかどうか、認可されているホイールかどうかを念入りにチェックします。大丈夫、このモデルはドイツの規格に適合していますね。このあたりは日本のルールと変わりません。インチアップに関する計算もクリアしたので、タイヤも含めて早速セットで購入します。
一週間ほどで届いた新しいホイールとタイヤを近くの整備工場に持ち込み、組み込みと各種調整をすませます。ねらい通り、愛車は前よりもずっとスタイリッシュに仕上がりました。気分もいいし、このままドライブにでも…。
ちょっと待った!!規格に適合したパーツを付けていても、このまま公道を走ると「違法改造車」扱いとなってしまいます。ドイツでは、特に安全性に関わるパーツを交換した場合、その都度車検を受けて合格した後でないと、公道を走ることは許されません。「安全性に関わるパーツ」とは、具体的にはタイヤ、ホイール、ブレーキ、サスペンション、エンジン、トランスミッション、排気系、灯火類、その他の追加部品(ステアリングホイールやエアロパーツなど)、とされています。
今回の場合はタイヤとホイールを変更しているので、車検をあらためて通さなければなりません。車検を通さないで警察に検挙された場合、公認パーツを付けていたとしても、最悪クルマを没収されてしまう可能性があります。またドイツでは、車検を通さないまま事故を起こした場合、自動車保険は一切適用されません。文字通り、一生を棒に振ってしまうことにもなりかねないのです。
ホイールのサイズすら気軽に変更できない、というのはかなり厳しいルールですよね。ドイツの車検費用はそれほど高価ではないですが(約120ユーロ、およそ1万5千円)、新しくパーツを組み込むたびに車検を通すのは金額的にも精神的にもきつい作業といえそうです。
ドイツ人は「見栄っ張り」が少ない?
ドイツでクルマのカスタマイズが一般的でないのは、ルールが厳しいという理由もありますが、個人的には「国民性の違い」も大きいと感じます。
ドイツ人はとにかく、他人からどう見られているかをあまり気にしません。クルマが汚れていてもお構いなし。「クルマは実用品だ!」といった風情の高級車オーナーも少なくないです。さらに大きな違いは「見た目の美しさよりも、自分の心地よさを優先する」という点。つまり、車高が低い方が格好いいとはいっても、実用上問題があるレベルまで地上最低高を下げたり、長距離走行が耐えられなくなるまでサスペンションを硬くしたり、ということをする人はほとんどいません。
ちなみに、首都ベルリンの女性でハイヒールを履く人はごく少数で、ほとんどがヒールのないパンプスやスニーカーを愛用しています。このあたりも「見た目の美しさよりも、自分の心地よさを優先する」国民性のあらわれといえるのではないでしょうか。
一方、日本人はよくも悪くも「人から常に見られることを意識する」国民性で、さらに「自分の手でひと手間加える」方が多いと感じます。ドイツ人も大のDIY好きではあるのですが、クルマに関してはルールの壁が思った以上に高い、ということなのかもしれません。
完成度のドイツ、多様性の日本
「ドイツにおいてカスタマイズは一般的ではない」のは繰り返しお伝えしてきましたが、こうした厳しいルールがあるからこそ、ドイツのチューニングカーやコンプリートカーの文化が育ったともいえるでしょう。ルーフ、アルピナ、アプト、ACシュニッツァー、ロリンザー、ブラバス、エッティンガー、マンタイレーシング…。挙げればキリがありませんが、多くのメーカーが単体でのパーツ販売より、相談をした上でのトータルなチューニングを推奨しているのも、車検通過が必須のドイツのルールを考慮すると当然といえますね。ドイツのクルマ好きから見れば、こうしたチューニングメーカーはズバリ「憧れの対象」であり、毎月多くのチューニング&コンプリートカー専門誌が発行されています。
ただし、チューニングやカスタマイズを「文化」として考えると、日本は決して負けておらず、多様性の面ではむしろドイツより恵まれていると感じます。東京オートサロンをはじめとしたチューニングカーのための祭典はますます盛り上がっています。さらに、実績や経験のあるプロショップも非常に多く、何より個人レベルでのカスタマイズの幅が広いのは、日本の素晴らしいところですね。予算が少なくても、できる範囲で少しずつコツコツ仕上げていけるのは、ドイツではできない日本ならではの楽しみ方といえるでしょう。
カスタマイズに関するルールが厳しいものの、そのおかげでトータルでのチューニングや完成度の高いコンプリートカーの文化が育ったドイツ。ルールの規制緩和をきっかけに、個人レベルからプロショップレベルまで、多種多様なカスタマイズやチューニングが楽しめるようになった日本。ドイツに住む筆者としては、もう少しドイツのルールも緩和されないかな…と思うのですが、みなさんはどのように感じましたか?それではまた、次回の記事でお会いしましょう!
[ライター・カメラ/守屋健]