
カーゼニ
更新2017.03.13
ランボルギーニ、わたしにだって買える可能性はあるはずじゃないか!

伊達軍曹
自分は高年式ランボルギーニの中古車相場にはまったく詳しくないのだが、なんとなく「千数百万円なのではないか?」と思った。が、プライスボードを見ると「5,416,000円」とある。思いのほか安いではないか。これなら自分でも(無理すりゃ)買えるではないか……などと思いつつ車両に近寄ってみると、なんのことはない、乱視のためヒト桁見間違えていた。正しくは「54,160,000円」であった。
ランボオーナーは、なぜか必ず美女を連れている

「アッチョンブリケ!」と短く叫びつつ、自分はそのランボルギーニのことを忘れようと努力した。が、同時にこのようにも思った。
「同じ人類が、わたしと同種のホモ・サピエンスが、このような価格のランボルギーニを実際に買っているのだ。ならばわたしにだって買える可能性はあるはずじゃないか! ホモ・サピエンス的に!」
そうして自分は欲望と上昇志向の炎をメラメラと燃やしながら、仕事(取材)そっちのけでランボルギーニの新車または認定中古車、あるいはそれに準ずるクオリティの高年式中古車を買うための算段を真剣に考えはじめた。
まずは孫子の「彼を知り 己を知れば 百戦殆うからず」という故事にのっとり、“彼”すなわち“ランボルギーニの新車とかを買ってる人”について知ることから始めた。
わたくしのこれまで20年間の観察によれば、まず第一に“彼”は、必ずといっていいほど「オンナ連れ」でランボルギーニディーラーに来店する。
それも、ただ単に「たまたま女性として生まれました」という人ではなく、ケバいというか色っぽいというか夜の蝶っぽいというか、とにかくそういったニュアンスの女性と連れ立ってやってくるのだ。で、その女性は最初、「わー、すご~い!」みたいな感じでディーラー内を見渡すが、そのうち興味を失い、ネイルやスマホ、昔だったらiモードとかをいじり始める。
ということで、ランボルギーニの購入を目指すわたくしとしてはまず初めにそういった女性と懇意になること、少なくとも「ディーラー行かへん? ランボの」と言ったらついて来てくれる程度には懇意になる必要があるだろう。
ランボオーナーはパッと見「職業不詳」である

そして“彼”の第2の特徴として「何の仕事をしている人なのか、見た目からはサッパリわからない」というのがある。
不動産会社のオーナー社長のようにも見えるし、そうではなく「ただたくさんの不動産を所有している大家さん」のようにも見える。しかしよくよく見れば、反社会的な何らかの組織に属しているような雰囲気もなくはなく、だがやっぱり善良なIPO長者または遺産で暮らしてらっしゃる人のような気もする。とにかく、わからない。
「たぶんだが町役場の人ではない」「とりあえず色が黒い」ということ以外は何もわからないのだ。具体的な職業の推測が不能。それが、“彼”の第2の特徴である。このあたりも、しっかりと計画に取り入れる必要があるだろう。
ということで自分はまず「ケバい美人」と懇意になることにした。といっても具体的にはどこに行けば懇意になれるのかわからなかったので、とりあえず夜、渋谷のクラブに行ってみた。綺麗な女性が横に座ってくれるクラブではなく、「ラ」のところにアクセントが付く、踊るほうのアレである。
美女と懇意になる計画、あえなく失敗セリ

自分は80年代のデスコや70年代のゴーゴーしか知らぬ人間だが、まぁ暗い箱のなかに照明と音楽と酒があって、そこで男女が流行歌にのって踊り、ときにラブアフェアが生まれたり生まれなかったりするという意味では、デスコもゴーゴーもクラブも大差なかろう……と判断し、わたしは自慢のステップを華麗に刻みつつ、なるべくランボルギーニっぽい美女に声をかけ続けた。「ヘイ彼女! オイラと踊らない?」と。
30分後。わたしは独り、渋谷・円山町の坂道を歩いていた。どうやら昨今のクラブでは統一的な「ステップ」は不要であり、また「ヘイ彼女!」という声のかけ方もしないようであった。それを知らずにクイクイとセクシーな腰つきでもってアーリー80’sなステップを刻み続けたわたくしは、嘲笑され、それでもやめないのでしまいには怒りはじめた男の若衆らにより、クラブから叩き出されたのだった。
仕方がないのでその足で「ク」の方にアクセントがある銀座のクラブないしは六本木あたりのキャバレークラブに行こうと思ったが、財布のなかには1万2000円ほどの現金しかない。そしてクレジットカードは、申込みの段階で作るまでもなく断られている。いくら世間知らずなわたくしとはいえ、そのような状態で銀座のクラブや六本木のキャバレークラブには入店できないことぐらいは知っているので、都バスに乗り、その晩は自宅長屋へと帰った。
ランボを買うのに「普通の努力」は無意味である

翌朝。わたくしは考えた。
「ケバい美女と懇意になることは必要条件ではあるかもしれないが、十分条件ではない。や、朝になって冷静に考えれば必要条件ですらない。ランボを買うための必要条件と十分条件、それはとにかく“ゼニがあること”だ。そこを、本日は追求したい!」
誰にともなくそう宣言した自分は、ランボルギーニディーラーでよく見かける「職業不詳の男」になるべく、長屋の屋根の上でコパトーンを全身に塗って横たわり日焼けにつとめ、その後衣服を新調して「謎の金持ち」っぽいビジュアルに己を整えた。
「ハッ、形から入るとは愚かな男よ。そんなヒマがあるなら、ランボの頭金を作るべく身を粉にして働くとかしたらどうだい?」
そんなことを言う人もいるかもしれないが、わたくしに言わせれば、大変申し訳ないけどそういうことを言う人のほうが愚かである。なぜならば、相手は「5416万円」。普通にフツーのことをして手が届く相手ではないからだ。
例えばだが「会社の年間売上を1.3倍にせよ!」との社命があった場合は、身を粉にして働くという「フツーの行動」が正解である可能性も高い。残業に残業を重ね、土下座営業に拍車をかけ、睡眠時間等を削る。それにより、1.3倍程度の数値なら達成できる場合もあるだろう。
しかし「前年比10倍の売上がマスト。ただし月20時間以上の残業は絶対禁止ね」というのが社命であった場合は、身を粉にして働くなどという「普通」はまったく通用しない。何らかの抜本的でドラスティックな変化を新機軸とし、極度に生産性を上げない限り、絶対に達成不可能なのだ。
そして、現状ごく平均的な年収しか稼いでいない自分にとって5416万円のランボルギーニとは、会社の売上で言う前年比10倍か、それ以上の何かである。身を粉にしてどうにかなる問題ではないのだ。それゆえ、自分は「まずは形から入ってみる」という奇行に打って出たのである。ちゃんと理由があるのだ。馬鹿にしないでいただきたい。
大切なのは「自分にとってのシアワセ」を追求すること

が、パチモノのヒューゴ・ボスとリサイクルショップで買ったヴィヴィアン・ウエストウッド(店主は本物と言っていたが、たぶん偽物だと思う)という衣装で、ランボルギーニのキーホルダー(実際はマツダ ロドスターの鍵)を指でクルクル回す練習をしていたとき、急激にすべてが馬鹿らしくなった。
「ある人のシアワセはランボルギーニの正規ディーラーのなかにあるのかもしれず、それはそれで美しいことだが、少なくとも“わたしのシアワセ”は、そこにはない」
そんな、考えてみれば当たり前すぎることに今さら気づいた自分は、顔に塗っていた黒めのドーランを石けんで落とし、パチモノのヒューゴ・ボスとヴィヴィアン・ウエストウッドを脱ぎ、GAPのグレーのパーカーを羽織った。
そして初代マツダ ロードスターでイオンまで晩飯の買い出しに行こうと思ったが、どこが悪いのか、エンジンがかからなかった。
「お前みたいなバカは乗せたくないね」とロードスターが言っている可能性もゼロではないかもしれないが、非科学的なことは信じない自分としては、単なる故障だろうと思っている。JAFに電話し、とりあえずランボではなくマツダのディーラーに運んでもらう算段を付けた。気がつけば日が暮れていた。
[ライター/伊達軍曹]