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更新2017.05.20
異世界的オーダーメイド?アナザーワールドすぎる高級車メーカーのブース内に迫る
北沢 剛司
モーターショーでオーダーメイドプログラムの展示が必要なワケとは?
モーターショーのブース内にラウンジを併設しているメーカーは少なくありません。なかでも高級車メーカーは、外から見えない場所に商談スペースを設けているケースが多くあります。特にジュネーブ・モーターショーは新型車をいち早く見たい優良顧客が世界中から訪れるため、その場で商談になる場合も少なくありません。このため、さまざまな商談ツールやオーダーメイドプログラムの展示が必要になるのです。
筆者もその昔、ジュネーブ・モーターショーの会場内で今回ご紹介するメーカーと商談をした経験があります。それは本カタログを貰う目的のため、突っ込んだ話をしたのがきっかけでした。こうしてブース内の奥の間に通されると、あとは内外装のコンフィギュレーターを経験したり、試乗車を用意するからホテルを教えてくれと迫られたりしました。そして最後にはシャンパンが出てきたりして、もう「カタログください」などと言えない雰囲気となってしまい、大いに肝を冷やしました。逆にいえば、彼らはそれくらい本気で商売を考えているということ。モーターショーは単なる展示会ではなく、大口の契約が決まるかどうかの大商談会なのです。
ベントレーはマリナーが製作したグランドリムジンを展示
ジュネーブでは新型ミュルザンヌとフライングスパーV8 Sを世界初公開したベントレー。そのベントレーにはもうひとつ隠し球が用意されていました。それは同社の注文製作部門であるマリナーが設計から製作まで一貫して行ったミュルザンヌ・グランドリムジン。4台が展示可能な前面の展示スペースではなく、奥のスペースにひっそりと展示されていました。
初公開されたミュルザンヌ・グランドリムジンは、ミュルザンヌに比べて全長を1m長く、全高を79mm高めることで後席の居住性を最大限に高めています。外観では専用デザインのクローム製グリルとバンパーロアグリルが製作され、ホイールもボディカラーと同色の21インチ専用ホイールが装着されていました。リアドアの長さも相当なものです。
リアコンパートメントは向かい合わせの4座となり、ウッドパネル製折りたたみ式テーブル、ボトルクーラー、ソフトドリンク用キャビネットなどを装備。前席との間に備わるパーティションは、スイッチ操作で透明・不透明が切り替え可能なエレクトロクロミックガラスを採用しています。
厳重な管理下で公開されたこのミュルザンヌ・グランドリムジン。展示されたのはプレスデイの2日間のみで、一般公開日にはコンチネンタルGTに差し代わっていました。
ベントレーブース内に展示されたボディカラーサンプル。これだけ選択肢があればどんな顧客の要望にも応えられそうですが、それでも満足できない場合はオーダーカラーでペイントすることもできます。
レザーハイドのカラーもバリエーション豊かです。ピンクの設定もあるため、例えばダーク調のインテリアカラーに挿し色として使うなど、さまざまなアレンジが考えられます。また、シートやヘッドレストに自分のイニシャルやサインを刺繍するようなスペシャルオーダーも可能です。
グローブボックスや小物入れなどの内部に鮮烈なコントラストカラーを使うという高度なセンスに感服。インテリアパネルも定番のウッドやカーボンファイバーだけでなく、天然石を0.1mm厚に加工したパネルも注文することができます。また、小物入れをシガーケースや腕時計ケースに変更するようなスペシャルオーダーも受け付けています。
ステアリングホイールひとつとっても、レザーおよびステッチのカラーをはじめ、単色またはデュオトーン、ウッドリム、スポーツリムなど、あらゆる選択肢があります。こうやって自分好みの仕様をひとつひとつ決めていくのは至福の悦びでしょうね。
ディーラーと同じように内外装のカラーサンプルが豊富に用意されているため、ここで商談をすることができそうです。また、中央に置かれたiPadには、公式アプリ“Bentley Inspirator”がインストールされています。これは5分程度の映像のなかでユーザーの表情の変化を読み取り、インスピレーションに合った仕様のベンテイガを提案するというもの。会場では新型ミュルザンヌをいち早く体験できました。
マリナーは英国王室に御料車としてステートリムジンを製作したことでも知られているように、ワンオフで車両製作を行えるコーチビルダーの伝統を受け継いでいます。思えばフレーム構造だった時代のロールス・ロイス/ベントレーでは、顧客がさまざまなコーチビルダーのボディを架装するのが一般的でした。馬車時代からボディの架装を行ってきた歴史を持つマリナーにとって、顧客のイメージを受け止め、それを形にするのはまさにお家芸といえるでしょう。
特注の真っ赤なロールス・ロイス・ファントムに仰天!
ロールス・ロイスは毎年ジュネーブで新作を発表しています。今年の新作は、2ドアクーペのレイスと4ドアのゴーストに設定された“Black Badge”と呼ばれる漆黒の特別仕様車。併せて昨年発表したコンバーチブルのドーンの3台を展示していました。
“Black Badge”はこれまでにない若いユーザー層を狙ったモデルで、なんとスピリット・オブ・エクスタシーとパルテノン・グリルまでブラックアウトしています。この手のデザイン手法はチューナーの専売特許かと思っていただけに、メーカー自ら禁じ手を使ってしまった印象がありますね。
この真っ赤なファントムEWBは、2016年夏にマカオのコタイ地区に開業する超豪華ホテル「THE 13」の送迎車として納入される30台のなかの1台目です。注文主はホテルを経営するルイ13世ホールディングスのスティーブン・ハン氏。その名も「スティーブン・レッド」と呼ばれるビスポーク・ペイント(特注カラー)は、ホイールとインテリアトリムにも施されており、世界に例を見ない仕様となっています。
1回の注文で30台もの台数を受注したのはロールス・ロイスとしても史上初。そのため今回はブース内のプライベートスペースで1台目の納車セレモニーが行われました。これはロールス・ロイスのトルステン・ミュラー・エトヴェシュCEOがプレゼンテーターとなる公式イベント。来場者にはヴーヴ・クリコがふんだんに振る舞われ、シャンパンの栓がポンポン開いていました。
インテリアについても広範囲にビスポークが行われています。ダイヤモンドジュエラー「グラフ」と共同開発した特注の時計、1360本の光ファイバーを手作業で編み込んで星空を再現したスターライト・ヘッドライナー、そしてブラックとチェッカー模様のレザーシートなど、何もかもが浮世離れした内容です。30台のファントムのうち、2台は各部にゴールドをあしらった特別仕様の「ゴールド」ファントムになるとのこと。スピリット・オブ・エクスタシーとパルテノン・グリルもゴールド仕上げになるため、これまでロールス・ロイスが受注した中で最も高価なファントムとなるそうです。
機会があれば一度乗ってみたいものですが、スイートで一泊1,500万円以上といわれているため、残念ながら一生縁がなさそうです。
“Bespoke is Rolls-Royce”の文字が誇らしげなビスポークの展示。レザーハイドへの刺繍はもちろんのこと、ウッドパネル内にさまざまな模様を描くことも可能です。
中央にディスプレイされているのは、ロールス・ロイスが製作したカクテル用バスケットです。ショーファードリブンのクルマでは、昔から車内でシャンパンを楽しむための装備が定番化しています。そこでロールス・ロイスでは、伝統的なシャンパンを超えた新しい楽しみとして、カクテルセットを提案しています。
アメリカンウォールナットやナチュラルレザーなどを使い、ロールス・ロイス品質で手作りされるこのカクテル用バスケットは、世界限定15個の特製品。伝統と革新を兼ね備えたロールス・ロイスならではの逸品といえるでしょう。
ファントムに塗られた特注カラー「スティーブン・レッド」のカラーサンプル。よく見るとメタリックの粒子が含まれていて、手描きによるゴールドのコーチラインと併せて絶妙な華やかさを醸し出していました。また、2台が製作される特別仕様の「ゴールド」ファントムでは、このボディカラーに24Kの純金粒子を入れた特別色になるというから驚きです。
ビスポークの展示のひとつとしてディスプレイされていたロールス・ロイス謹製のバレーボール。まさかこのボールでママさんバレーをしようという人はいないと思いますが、こんな遊びゴコロに豊かさを感じます。なんでも製作できる自由度の高さがビスポークの最大の強みですね。
大人用から子供用まで守備範囲の広いアストンマーティン
昨年のジュネーブでは、ヴァンテージGT12、ヴァルカン、DBXコンセプト、それにラゴンダ・タラフまで展示していたアストンマーティン。今年はニューモデルのDB11に特化した展示内容で、往年のDB5もDB11の誕生に花を添えました。
DB11は、ルーフフレームとルーフパネルをそれぞれグロスブラックにすることが可能です。このエクステリアオプションを選択すると、グリーンハウスがよりコンパクトに見えます。
同社の新たなアルミニウム・プラットフォームも展示されていました。いかにアルミを多用しているかがよく分かりますね。さらに革新的な「アストンマーティン・アエロブレード™」の構造もよく分かります。これはCピラー基部からボディ内部のダクトにエアフローを流入させ、それをリアデッキリッドから車外に排出することでバーチャル・スポイラーとして機能させるものです。
アストンマーティンのブースには、内側からのみアクセス可能なもうひとつの展示スペースが用意されています。2015年のときには、ここにラゴンダ・タラフが展示されていました。
選ばれた顧客は、多くの人の目にさらされるブースの前面ではなく、このようなプライベートな空間でゆっくりクルマを見られるわけです。
展示車両のシートとインテリアトリムは、パーフォレーテッドレザーの孔の部分をホワイトとして、ステッチにレッドを選択していました。私のような庶民には、公式ページのコンフィギュレーターを何度試しても、こういうセンスには辿り着きません。
写真では5種類しか写っていませんが、DB11には6種類のデザイナー仕様が設定されています。選択肢が豊富すぎて迷ってしまったときは、こちらのお勧め仕様のなかから選ぶのも良いかも知れません。
豊富に用意された内外装のサンプル。もしこれらに飽き足らない場合は、アストンマーティンのパーソナライゼーション・サービス「Q by Aston Martin」が用意されています。どんな要望にも応える体制を整えた「Q by Aston Martin」では、自らの個性をとことんまで追求した世界でただ1つのオーダーメイドカーを創ることができます。
アストンマーティン謹製のベビーカーも展示されていました。これはロイヤルファミリーやセレブ御用達ブランドとなっている英国のベビーカーブランド「シルバークロス」と、アストンマーティンが共同開発した最上級コラボ製品。その名も「シルバークロスSurf – アストンマーティン・モデル」です。
アストンマーティン・デザインのアロイホイール、マグネシウム製フレーム、最高の乗り心地を実現したエアライドサスペンションなどは、クルマ好きにとってたまらないスペック。さらにハンドル部分は手縫いのタンレザー仕上げ、シート表皮はアルカンターラ、そして100%シープスキンライナーを使用するなど高級感満載です。
日本ではブラックカラーのモデルが30万円+税で販売されていますが、写真のモデルはそのセカンドエディション。ちなみに英国ハロッズのオンラインストアでは3,000ポンド(約50万円)で販売されていました。アストンマーティン・シグネットでさえ手が届かない庶民にとって、50万円のベビーカーはまさに雲の上の存在ですね。
ブース内で「フェラーリ・アトリエ」を体験できるフェラーリ
最後にご紹介するのはフェラーリです。どのモーターショーにおいても、フェラーリが別格の存在であることはいうまでもありません。一般公開日ともなれば、フェラーリブースはいつも黒山の人だかりです。ブース内でクルマをゆったり眺めたり座ったりしている常連様のおかげで、綺麗な写真が撮れないこともしばしば。でも、彼らに対して「どいてくれ」と言うわけにもいかず、格差社会の厳しさを改めて思い知らされます。
そんなフェラーリブースですが、表から見えない部分には飲み物や軽食を提供するラウンジがあり、ブース内に招き入れたゲストに対して手厚いおもてなしを行っています。そんな光景を目の当たりにすると、「いつかはフェラーリ」と思わざるを得ません。
ジュネーブで発表されたGTC4ルッソは、フェラーリ・フォーの後継となる4シーター4WDグランドツアラー。6.2リッターV12エンジンは従来モデルの660CVから690CVにパワーアップしています。フェラーリの4WDシステム「4RM」は「4RM Evo」に進化。第4世代のサイドスリップ・コントロールシステム、新たに装備された後輪操舵機能と併せて、あらゆる路面状況で優れた走行性能を発揮します。
ブース内にはフェラーリのテーラーメイド・プログラムを体験できる「フェラーリ・アトリエ」が併設されています。表からまったく見えない場所にあるのはもちろん、ラウンジともガラス扉で仕切られています。そのためモーターショー会場でありながら、プライベート空間で自分のイメージを膨らませることができます。
アトリエに展示されたカリフォルニアTは、250 GTベルリネッタにインスパイアされたテーラーメイド仕様。エクステリアは、グリージョ・スクーロのボディカラーにディープレッドのレーシングストライプを入れたもの。ボルドーのヘリテージレザーを使用したインテリアがとても印象的です。
顧客が自分のイメージ通りのフェラーリを創り上げることができる「フェラーリ・テーラーメイド」には、「スクーデリア」、「クラッシカ」、「インエディタ」の3種類のコレクションが用意されています。写真の「スクーデリア」は、その名の通りレース活動をイメージしたカラーや素材を豊富に用意したもの。フェラーリのスポーティさをより高めたいユーザー向けです。
こちらは往年のフェラーリGTモデルで使われたカラーや素材を現代的に再解釈した「クラッシカ」と呼ばれるコレクション。優雅なボディカラーをマットカラーとして用意したり、ビンテージレザー、ウール、カシミア、ベルベットなどの素材でインテリアを構成するなど、伝統と革新を兼ね備えた内容となっています。
こちらはイタリア語で「未発表」を意味する「インエディタ」。3種類のコレクションのなかでは、もっとも実験的な内容です。最新テクノロジーによる新素材やこれまで自動車に使われてこなかった生地などを用いることにより、革新的なスタイリングを実現することができます。
「インエディタ」に使われるインテリア素材の例。光沢感のある生地やスーツのようなグレンチェック、それにデニムなど、クルマ業界では見かけない生地がたくさん並んでいます。これは英国の高級車ブランドとは一線を画した内容。まるでオーダースーツ店に来たような雰囲気を感じさせます。「フェラーリ・テーラーメイド」は、クルマ業界のファッションリーダーでもあるのです。
このように各社のオーダーメイドプログラムは、顧客の要望に最大限応えるため、その実現可能性に対して特に制限を設けていません。スペシャルオーダーの内容によってはクルマがもう1台買えてしまうような金額になる可能性もありますし、納期も当然遅くなります。
でも、注文主にとってそんなことは大した問題ではありません。歴史ある名門ブランドが自分のリクエストに応えてクルマを製作してくれるなんて、ほかでは得られない最高の体験だからです。一度スペシャルオーダーを経験したら、もう元の世界には戻れなくなってしまうのでしょうね。
[ライター・カメラ/北沢剛司]