試乗レポート
更新2023.11.22
何にも似ていないクルマ、アストンマーティン ラピードSに試乗
中込 健太郎
崇高なクルマの理想があるのがアストンマーティン。そんなようなことを感じたものです。
歴史あるクルマに乗っているというのは、それだけで凛とした気分になるものです。クルマは機械なんだから・・・わかっていても、人間にマナーを求めてくるようなところがあるのです。昨年からマセラティを側に置いて暮らしているとそんなことを痛感するのです。だからこそ、アストンマーティンに乗りたい、と思ったのですが、今回は、ラピードSに乗せていただくことができました。これも今回の収穫の一つといえるでしょう。
(編集部追記:当記事は過去配信した記事の改定版です)
一昨年100周年を迎え、次の一世紀を歩みだしたアストンマーティン。その記念する年に上陸したラピードの進化版です。デヴィッドブラウンが経営していた頃アストンマーティンの傘下に入ったラゴンダは、顧客層が近いことから別のカテゴリーのクルマを作ることにしました。そこでそれまでも2ドアの高級GTを作っていたアストンマーティンに対し、4ドアサルーンを作ることとし、1961年にメカニズムなどはDB4をベーストしながら誕生したサルーンが「ラゴンダ・ラパイド」です。ラピードSはこのモデルを始祖とするサルーンです。ラパイドは、ル・マン優勝車である「M45R ラパイド」にちなんだ車名で、1964年まで生産が行なわれました。
そんなことを思っておりましたら、とても興味がわいておりました。一見するとクーペのようなスタイルながら荘厳な雰囲気もあります。これはそういわれてみると、ラゴンダ・ラパイドもこういうクルマでした。スマートで、小さなキャビン、小さなテールフィンをもつスタイルのアイコン、このモデルにもちゃんと受け継がれていますね。乗せていただけることになり、思わずはしゃいでしまったのは言うまでもありません。
軽くはない、重い。しかし実にシュアな操作感覚。小さくはない。大きい。しかし、望外持て余さない。ボンネットの先端は遠いが見渡せるので車両感覚は想像より遥かにつかみやすい。エンジンをかけると12気筒ユニットは直ちに目を覚ましました。12気筒エンジン自体、もう許されるブランドはかなり少なくなりました。実にシャープなふけ上がりは印象的で、鈍重な印象はありませんでした。アクセルを踏み込んでいくと大きなボディはするすると走っていきます。
誰にでもやすやすと愛想を振りまくような雰囲気はない、がそれが故に運転に障るような威丈高な感じもない。パワーをこれ見よがしにするようなことをしようとは思わせない。セレクターはギヤではなくダッシュボードのスイッチで選択するスタイルです。簡単な操作で走らせることができます。ただ感じたのは、乗り始めてみるとその操作感覚の重みはしっかり感じさせてくれる味付けです。これは大きな力を持ったクルマがどんな状況、速度域でも安心して制御できるために必要なことでもあるのでしょう。
ただ、そのスポーティな雰囲気もあって、やや意外でした。最近はエコカーがもてはやされる一方、スーパーカーは高出力になる一方です。ダウンサイジングがはかられても従前のモデルよりは高出力。ここもあきらめていないことが多い。それでこそスーパーカーです。このクルマもラピードから80馬力ほど強化され、560馬力になんなんとする協力な心臓をもっているのです。
そういうクルマを私風情が操るときの感覚というのは、決して「みんなウェルカム」という雰囲気ではなく、「君、心得ておいてくれたまえ」と軽々に土足で上がり込んではならない雰囲気に満ちていると感じたのです。ただ、同時に、だからといって、もしそのオーラに運転者が怖じ気づいたとしても、安全に、用意に快適なドライブができるようなクルマに仕上がっているようにも感じました。
例えば、まさに大変贅沢な話、と言わねばなりませんが、強力なエンジンをもっていても、それが「下にも置かぬ」エンジンであればよいのであって、馬力をひけらかしたり誇示するような無粋かつお里が知れるようなことを誘発するようなことはない。極めて「Be Gentle(紳士たれ)」な雰囲気。こういうところが上で紹介した、歴史と伝統を背負っているが故の「凛」とした印象、心地よい真の上質に包まれている感覚だと感じました。
「2ドアがガルウィング」よりもマイルドに衝撃的な、14度斜め上に向けて開く「スワンウィングの4ドア」。まさに白鳥のような優雅さがあります。そして、貧乏人だと反省しつつも、あんなところで大きなドアを止めて乗り降りしにくくないだろうか?ちゃんと止まるのか?・・・ そんなことは一度あけてみると、丁寧な仕事で仕上げられた「敷居」をまたいで、複雑な機構とダンパーまで仕組まれたドアをあければ杞憂であったことに気がつきます。優雅ながら、開け閉めがしにくいということはありませんでした。ただスペース。マンションの駐車場は厳しいかもしれませんが。
写真を撮る時間の分もひたすらに「行ったり来たり」 大磯プリンスホテルと、西湘バイパスの大磯港の間をほかの試乗車でも往復するのですが、このクルマは初めて、そして貴重な体験なので5往復ほど、取り憑かれたように行ったり来たり。静々と夢のように滑り、ステアリングを切ると、そのエンジンの搭載剛性の高さ、すべてのことを「こともなく示す」挙動の裏の手間とコスト、志とこだわりにただただ感心させられるのでした。
スマートなキャビンは実は分厚いフロアの上にあることに驚かされました。それだけ自然な治まりだと言うことでしょう。ハードトップのようなサイドウィンドウの裏にも太い大黒柱並みのセンターピラーが。重量級のこのクルマの身軽な挙動を可能にする秘密はこういうところにもあるようです。
今時、共通化は珍しくないですが、このクルマの作り、走り、どこにも何かに似ているということを感じない、今時珍しいクルマだと思いました。孤高というのはこういうクルマのためにある言葉なのでしょう。そして返却する頃になると、「ああ、惜しい。もう少し一緒にいたい」と思わせるモノを感じたのです。
当然高価です。買えるはずはありません。でも、にもかかわらず私は感じました。「2400万円は法外なバーゲンプライスだ。」 ありがたくもおかしな体験をしたというのがラピードSに乗っての感想です。
[ライター・カメラ/中込健太郎]
歴史あるクルマに乗っているというのは、それだけで凛とした気分になるものです。クルマは機械なんだから・・・わかっていても、人間にマナーを求めてくるようなところがあるのです。昨年からマセラティを側に置いて暮らしているとそんなことを痛感するのです。だからこそ、アストンマーティンに乗りたい、と思ったのですが、今回は、ラピードSに乗せていただくことができました。これも今回の収穫の一つといえるでしょう。
(編集部追記:当記事は過去配信した記事の改定版です)
一昨年100周年を迎え、次の一世紀を歩みだしたアストンマーティン。その記念する年に上陸したラピードの進化版です。デヴィッドブラウンが経営していた頃アストンマーティンの傘下に入ったラゴンダは、顧客層が近いことから別のカテゴリーのクルマを作ることにしました。そこでそれまでも2ドアの高級GTを作っていたアストンマーティンに対し、4ドアサルーンを作ることとし、1961年にメカニズムなどはDB4をベーストしながら誕生したサルーンが「ラゴンダ・ラパイド」です。ラピードSはこのモデルを始祖とするサルーンです。ラパイドは、ル・マン優勝車である「M45R ラパイド」にちなんだ車名で、1964年まで生産が行なわれました。
そんなことを思っておりましたら、とても興味がわいておりました。一見するとクーペのようなスタイルながら荘厳な雰囲気もあります。これはそういわれてみると、ラゴンダ・ラパイドもこういうクルマでした。スマートで、小さなキャビン、小さなテールフィンをもつスタイルのアイコン、このモデルにもちゃんと受け継がれていますね。乗せていただけることになり、思わずはしゃいでしまったのは言うまでもありません。
軽くはない、重い。しかし実にシュアな操作感覚。小さくはない。大きい。しかし、望外持て余さない。ボンネットの先端は遠いが見渡せるので車両感覚は想像より遥かにつかみやすい。エンジンをかけると12気筒ユニットは直ちに目を覚ましました。12気筒エンジン自体、もう許されるブランドはかなり少なくなりました。実にシャープなふけ上がりは印象的で、鈍重な印象はありませんでした。アクセルを踏み込んでいくと大きなボディはするすると走っていきます。
誰にでもやすやすと愛想を振りまくような雰囲気はない、がそれが故に運転に障るような威丈高な感じもない。パワーをこれ見よがしにするようなことをしようとは思わせない。セレクターはギヤではなくダッシュボードのスイッチで選択するスタイルです。簡単な操作で走らせることができます。ただ感じたのは、乗り始めてみるとその操作感覚の重みはしっかり感じさせてくれる味付けです。これは大きな力を持ったクルマがどんな状況、速度域でも安心して制御できるために必要なことでもあるのでしょう。
ただ、そのスポーティな雰囲気もあって、やや意外でした。最近はエコカーがもてはやされる一方、スーパーカーは高出力になる一方です。ダウンサイジングがはかられても従前のモデルよりは高出力。ここもあきらめていないことが多い。それでこそスーパーカーです。このクルマもラピードから80馬力ほど強化され、560馬力になんなんとする協力な心臓をもっているのです。
そういうクルマを私風情が操るときの感覚というのは、決して「みんなウェルカム」という雰囲気ではなく、「君、心得ておいてくれたまえ」と軽々に土足で上がり込んではならない雰囲気に満ちていると感じたのです。ただ、同時に、だからといって、もしそのオーラに運転者が怖じ気づいたとしても、安全に、用意に快適なドライブができるようなクルマに仕上がっているようにも感じました。
例えば、まさに大変贅沢な話、と言わねばなりませんが、強力なエンジンをもっていても、それが「下にも置かぬ」エンジンであればよいのであって、馬力をひけらかしたり誇示するような無粋かつお里が知れるようなことを誘発するようなことはない。極めて「Be Gentle(紳士たれ)」な雰囲気。こういうところが上で紹介した、歴史と伝統を背負っているが故の「凛」とした印象、心地よい真の上質に包まれている感覚だと感じました。
「2ドアがガルウィング」よりもマイルドに衝撃的な、14度斜め上に向けて開く「スワンウィングの4ドア」。まさに白鳥のような優雅さがあります。そして、貧乏人だと反省しつつも、あんなところで大きなドアを止めて乗り降りしにくくないだろうか?ちゃんと止まるのか?・・・ そんなことは一度あけてみると、丁寧な仕事で仕上げられた「敷居」をまたいで、複雑な機構とダンパーまで仕組まれたドアをあければ杞憂であったことに気がつきます。優雅ながら、開け閉めがしにくいということはありませんでした。ただスペース。マンションの駐車場は厳しいかもしれませんが。
写真を撮る時間の分もひたすらに「行ったり来たり」 大磯プリンスホテルと、西湘バイパスの大磯港の間をほかの試乗車でも往復するのですが、このクルマは初めて、そして貴重な体験なので5往復ほど、取り憑かれたように行ったり来たり。静々と夢のように滑り、ステアリングを切ると、そのエンジンの搭載剛性の高さ、すべてのことを「こともなく示す」挙動の裏の手間とコスト、志とこだわりにただただ感心させられるのでした。
スマートなキャビンは実は分厚いフロアの上にあることに驚かされました。それだけ自然な治まりだと言うことでしょう。ハードトップのようなサイドウィンドウの裏にも太い大黒柱並みのセンターピラーが。重量級のこのクルマの身軽な挙動を可能にする秘密はこういうところにもあるようです。
今時、共通化は珍しくないですが、このクルマの作り、走り、どこにも何かに似ているということを感じない、今時珍しいクルマだと思いました。孤高というのはこういうクルマのためにある言葉なのでしょう。そして返却する頃になると、「ああ、惜しい。もう少し一緒にいたい」と思わせるモノを感じたのです。
当然高価です。買えるはずはありません。でも、にもかかわらず私は感じました。「2400万円は法外なバーゲンプライスだ。」 ありがたくもおかしな体験をしたというのがラピードSに乗っての感想です。
[ライター・カメラ/中込健太郎]