ライフスタイル
更新2019.12.30
1度手放した愛車は、ほとんどの場合、手元に戻ってこないという事実
松村 透
そして、地上で暮らしながらもエアポケットに相当するものが存在します。
そのひとつが、ある日突然訪れる「そろそろクルマを手放そうかな…」というエアポケット。
▲10代の頃に魅せられ、30代で手に入れることができたユーノス ロードスター。これがまさしく「車両本体価格29万円」のロードスターそのもの
https://current-life.com/life/eunos-roadster-forever/
まさに乱気流。このエアポケットから一刻も早く脱出しないと、あれよあれよという間に手塩に掛けて育ててきた愛車が去っていってしまうかもしれません。
「もういいや」で手放したすえの後悔…は、いまの職場に嫌気が指して転職するのと一緒?
▲いまから20数年前、本当に勢いだけで手に入れた1973年式ポルシェ911S
「それまで勤めていた会社がイヤになったことがきっかけで転職すると失敗する」
そんな格言めいた言葉を耳にしたことがある方も多いと思います。恥ずかしながら、実は筆者も経験があります。転職先はクルマとは無縁の世界。当然ながら仕事中はもちろん、雑談のときですらクルマのくの字も出てきません。そんな雰囲気に煮詰まるたびに、エレベーターで地下室に降りて行って、駐車してあるクルマ(スーパーカーなどではなく、ほとんどがハイヤー)を眺めては何となく癒され、自分の机に戻っていました。その後、自動車関連の世界へと舞い戻ることになるのです。
もちろん、クルマでも経験があります。いまから20数年前、勢いだけで手に入れたいわゆるナローポルシェ。昨今のような暴騰相場ではなく、程度はさておき100万円台、200万円台の個体もゴロゴロしていた時代でした。昨今はひところのピーク時よりは値落ちしているとはいえ、いまでは考えられない価格です。
「買えば何とかなります。買わないで後悔するより、買ってから後悔しましょう」
無茶なローンを組めばなんとか何とか買えるかもしれない…。自動車雑誌で読んだこの言葉を信じ、実行に移してみたわけです。
その結果は…何ともなりませんでした。
勢いだけで購入したので、メンテナンス費もろくに捻出できない状況。もしも、重症レベルのトラブルが発生したらほぼ即アウト。納車時のウキウキした気分はどこへやら。これはとんでもないものを買ってしまったぞ、と、内心かなり焦りました。
その後、購入時にはまったく予想していなかったカーライフがスタート。
あれほど憧れてようやく手に入れたナローポルシェなのに、手元にあることがだんだんと苦痛になっていく日々を送ることになります。
「もういいや、手放そう」
時は1990年代後半。インターネットはまだ黎明期の時代。エンドユーザーが常時接続でインターネットを楽しむのはまだ先の話。いまや完全に死語となった「テレホーダイ」の時代です。各自動車雑誌の個人売買にエントリーしたところ複数の問い合わせがあり、売れるかのな…という心配をよそにすぐさま購入希望者が現れ、諸条件を合意した時点で手放すことが確定。
そして引き渡しの日。キャリアカーに載せられて筆者の元を去って行くナローポルシェを見送り、やがて姿が見えなくなったとき…寂しさよりもほっとしたことを覚えています。
手放したクルマはほぼ確実に戻ってこないという現実
▲愛車は手放しても、愛用品だけは残してあります。我ながら女々しい…
ここから先、いま思い出しても我ながら女々しくて嫌になりますが、日に日に手放した「元愛車」の行方が気になってきます。いまなら「それなら手放すなよ」と自分自身にいいたくなるのですが…。
手放してから数年後、外出先で「元愛車」にそっくりなナローポルシェを発見。ヒラヒラを走り回るポルシェに何とか追い付き、改めて確認したら、それは紛う方なき「元愛車」でした。
その後も何度か「元愛車」との偶然の再会が繰り返され、記憶している限りで7,8回くらいはバッタリ遭遇していたと思います。
そのうち「元愛車」が売りに出ているとの情報が耳に入ってきました。販売先のショップにアポイントを取り、観に行ったところ、それは間違いなく「元愛車」。これが買い戻す最後のチャンスかも。欲しい…。
しかし、折しも空冷ポルシェ911バブル絶頂期のタイミング。ホームページ上では「ASK」となっていた元愛車の価格は、かつて筆者が手に入れたときの5倍(!!)以上だったのです。しかも、すでに購入の意思を示している方もいるということで、もはや筆者には手も足も出せない状況。
「手放したクルマはほぼ確実に戻ってこない」という現実を突きつけられた瞬間でした。
それ以来、友人・知人から相談を受けたときはとりあえず止めることに
▲独身時代に乗っていたフォルクスワーゲン ゴルフ。いわゆるゴルフ7
このときの教訓を踏まえ「迷ったときは手放したらダメ」という公式が筆者のなかでできあったことはいうまでもありません。
以来、友人・知人から「もう、そろそろ手放そうかな…」と相談を受けたときは、とりあえず「勢いで決めないで、ひと晩でもいいから考えてみてもいいのかも…」と、自分の体験を踏まえつつ伝えるようにしています。本気で手放すつもりなら相談なんてしてこない可能性が高いですし、止めた方がよいこともあるかなと思いまして…。余計なお世話ではあることは百も承知のうえで、ですが。
お酒を飲んでいるときこそ余計なことを考えない。ロクなことにならないから
▲飲んだ勢いってありますよね…
呑兵衛の方がやらかすのが「飲んだ勢い」。
クルマ好き同士の飲み会のときに、つい「もう売ろうかな」とつぶやいたり、ついうっかりSNSに投稿してしまったり…。これが周囲に伝わり、後日どこからともなく「手放すのであれば○○○万円で譲ってください」という人が現れ、しかし当の本人はまったく記憶になく、売る/売らないでもめることもしばしば。
飲み会とヤフオクでウオッチリストしている商品の終了時間が重なり、やむなく酔った勢いで参戦〜青天井攻撃。酔いが醒めてから青ざめた…なんて話も耳にします。
飲みの席でのトラブルや大胆行動のネタには事欠きません。この記事が公開される時期は忘新年会が重なるシーズンゆえ、いつも以上に、自制心が求められます。
平常心のときも余計なことを考えない。ロクなことにならないから
▲家族ができたことを機に乗り替えることになったフォルクスワーゲン ゴルフ トゥーラン。まさか自分がミニバンに乗る日が訪れるとは…
その一方で、平常心のときも油断はできません。
ときどきことあるたびに「あー、もういい!このクルマ売る!」と周囲に吹聴したりSNSに書き込んでいるわりには、一向に手放さない方もお見掛けします。これはあくまでも経験則ですが、こうやって表だって発言する方の多くは手放しません。「もうこんな会社辞めてやる!」といって一向に辞める気配がないのとおそらく同じです。本当に手放すつもりだったり、転職を考えている方は水面下でコトを進めますから…(たいてい事後報告で知ることになります)。
結果として周囲から「アイツは売る売る詐欺だからなー」とレッテルを貼られかねませんが、こういう人に限って本当に手放すと「何かあったのか?大丈夫か!」となぜか本気で心配してもらえたりするから不思議です。
結論:事実、勢いで手放すとかなりの確率で後悔することになる
もし「充分に楽しんだし、そろそろ愛車を手放そうかな」というタイミングの方がこの記事を読んでくださっているとしたら…。これも何かのご縁です。もし、事情が許されるのであれば、もう1度立ち止まって「手放そうと思った理由」を考えてみてください。
経済的な理由であれば致し方ありませんが、もしこれが「何となく…」だとしたら、かなりの確率で後々になって後悔します。どんなに忙しい方でも、1日5分くらいはゆっくりと考える時間が捻出できるはず。ちょっと立ち止まって、ご自身の気持ちと向き合ってみてください。
もし、手放しても後悔しないとしたら・・・「もう充分に楽しみ尽くした=いまの愛車から卒業」という図式くらいでしょうか。名車と呼ばれるクルマほど底なし沼であることも多いだけに、「可能なかぎり所有すること」こそが精神安定剤になることは間違いと筆者は感じています。
[ライター・撮影/松村透]