更新2021.07.29
ドイツ国内における「Hナンバー」と「クラシックカー」最新事情。残された道はEV化なのか?
守屋 健
「Hナンバー」などのクラシックカー優遇制度で知られる国、ドイツ。しかし一方でEVへの急速な転換も進んでおり、一見「EV化とクラシックカー優遇は相反しているのでは?」と思える状況になっているのも事実です。
今回のドイツ現地レポでは、この点について注目。現在のドイツのクラシックカー事情について調べてみると、ある新しいトレンドが浮上してきました。その新しいトレンドとは「クラシックカーのEV化」。さっそくレポートしていきましょう。
■改めて「Hナンバー(Oldtimer-H-Kennzeichen/オールドタイマーHナンバープレート)」とは?
まず、この連載でも何度も取り上げている「Hナンバー」制度についておさらいしておきましょう。30年以上に前に生産され、現在もオリジナル状態をよく残し、歴史的工業遺産であると検査機関から認められた車両に付与されるのが「Oldtimer-H-Kennzeichen(オールドタイマーHナンバープレート)」です。Hはhistorisch、つまり「歴史的な」という意味の形容詞の頭文字です。
このナンバープレートを取得できると、自動車の年間にかかる税金が排気量に関わらず定額(191.73ユーロ、約2万5千円)になり、また自動車保険の年間費用も優遇される場合があります。
さらに、2017年からはこの「Hナンバー」に、ある決まった時期しか乗らないことをナンバープレートに表示して、さらに税金を低く抑えられる「季節ナンバー」を組み合わせることができるようになりました。例えば、古いクルマには5月から10月までしか乗らないよ、と申請すれば、年間約95ユーロ(約1万2千円)も税金を節約できます。
■日本でも知られつつある「Hナンバー」、ドイツでの今後の先行きに不安あり?
ただし、この制度には注意しなければならない点と、将来的な問題を抱えています。
ひとつは、ごく小排気量のクルマであれば、Hナンバーを取得するメリットは少ないということです。排出規制がユーロ1以下のクルマ、つまりほとんどのクラシックカーが通常のナンバーを取得した場合、年間の税金は100㏄あたり25.36ユーロ(約3,300円)です。たとえば250ccのBMW・イセッタを通常のナンバーで取得すると年間の税金は76ユーロ(約9,900円)となり、Hナンバーを取得した場合よりもずっと低額になります。
ふたつめは、歴史的工業遺産を維持することと、最新の道路事情や環境保護基準にどれだけ適応できるかの狭間で、検査の基準が非常にわかりにくくなっている、という点です。オリジナル状態を保持することと、排出ガスをクリアにする装置を取り付けることは、どうしても両立できません。
また、多くの大都市の中心部では「環境ゾーン」が設定されていて、ある一定の排出ガス基準をクリアしていない車両の通行を制限しています。Hナンバー車は現段階で例外的に「環境ゾーン」の通行を許可されているものの、EV化が急速に進む中、将来的な先行きは不透明です。
■クラシックカーのEV化。果たして活路になるのか?
そこで現在、ドイツのクラシックカー愛好家の間で注目を集めているのが、クラシックカーのEV化です。
クラシックカーをEV化する動きは2010年頃からあったものの、2015年あたりから急激に目立つようになり、今では数多くの「クラシックカーをEV化する専門業者」が生まれています。
彼らと彼らの顧客の主張は「ガソリンエンジンのすばらしいフィーリングや、メンテナンスの楽しみがあったのは事実。しかし環境にかける負荷に関しては無視できないし、公道で愛車を走らせる機会が失われるのも耐えられない。クラシックカーをEV化すれば引き続きヨーロッパ中をどこでも旅することができるし、信頼性も向上して安心して走り回れる」というものです。
ベース車両として人気があるのが、フォルクスワーゲン・タイプ1やフィアット・500などの小型車です。クラシックカーとしては安価で、かつ軽量なので強力なモーターやバッテリーを必要としません。さらにEV化することで加速がよくなり「以前より断然スポーティになった!」という声も多いのだとか。
もちろん、ドイツにも「オリジナル至上主義者」は存在し、特に高価で貴重なスポーツカーを所有している層はこのトレンドには懐疑的です。しかし、この層も環境問題や法律を無視するということはできませんし、将来的には公道を走行できなくなることはわかっているため、状況を注意深く見守っている段階です。
■クラシックカーのEV化でネックとなっているのは「費用の高さ」
現在「クラシックカーのEV化」で問題となっているのは、費用の高さです。例えば、保存状態のよいフォルクスワーゲン・タイプ1をEV化しようとした場合、各部補強、強化ブレーキの導入、バッテリーとモーターの挿入、各種調整などを行うと、総費用が12万ユーロ(約1,500万円)に達する場合もあります。
これはもっとも高価な例のひとつですが、現在のEV化専門業者は基本的にオーダーメイドで作業を行うため、費用を抑えるのは難しいのです。
そこであきらめないのがドイツの人々。高価なEV化をなんとか安くしようと、現在ふたつの方法が考えられ、そして少しずつ広まってきています。
ひとつは、クラシックカーの人気車種に絞ってEVプラットフォームを作り、それをある程度の数を生産することでコストを下げ、かつ簡単にコンバートできるようにしようというもの。たとえば、フォルクスワーゲン・タイプ1やメルセデス・ベンツ・W123などの人気車種であれば、日常的に使用しているオーナーも数多くいますし、ある程度の注文数も稼げるのではないかと考えられています。
もうひとつの方法は、オーナー自らがEV化するための「モーターとバッテリーのキット販売」です。自分でクルマをレストアすることが趣味の、コアなオーナー向け「EV化キット」が多くの販売サイトで売られるようになりました。これらのキットを利用して、オリジナルの機関部は自宅で保管し、自らEV化したクラシックカーで毎日走り回っている猛者もいるとか。たしかにキット自体は安価ですが、技術的ハードルの高さや費やされる時間を考えると、チャレンジできる人はあまり多くないかもしれません。
■クラシックカーの行き着く先は公道か?博物館か?
オリジナルを維持することをあきらめ、これからも公道で乗り続けるために愛車をEV化することを決めた人々。一方でオリジナル状態を慎重に維持し、刻一刻と変化していく法律や状況をじっと見守っている人々。EV化されたクルマの保険の扱いなども定まらない中、ドイツのクラシックカー愛好家たちは非常に微妙な状況に置かれています。
願いはただひとつ。愛車を長く乗り続けたい。その思いにドイツという国はこれからどう応えていくのでしょうか。今後もクラシックカーを取り巻く状況について注視していきたいと思います。それでは、また次回のドイツ現地レポでお会いしましょう。
[ライター/守屋健]